東海道新幹線「のぞみ」の“ナゾの通過駅”「岐阜羽島」には何がある?

東海道新幹線「のぞみ」の“ナゾの通過駅”「岐阜羽島」には何がある?

「岐阜羽島」には何がある?

 日本の大動脈たる新幹線は、実は“ナゾの駅”の宝庫だと思っている。

 いや、もちろん名古屋や京都、新大阪のように「のぞみ」が停まる駅は日本有数の大ターミナルだ。だが、「のぞみ」をはじめとする最速達の列車が通過する駅には、なんとも存在感の薄い駅ばかりがあるような気がしている(もちろん地元の人にとってはそんなことないのは百も承知ですよ)。

 つまり、例えば東海道新幹線で「のぞみ」が停まらない駅はナゾ駅だらけなのである。今回やってきたのは、そんな新幹線のナゾ駅のひとつ、岐阜羽島駅だ。

■「岐阜羽島」には何がある?

 岐阜羽島駅があるのは、名古屋と米原の間である。所在地は岐阜県羽島市。岐阜県では唯一の新幹線駅だ。

 岐阜県の県庁所在地はもちろん織田信長さんでもおなじみの岐阜市だが、新幹線はその県都を無視して羽島市というあまりよく知られていないところに駅を設けている。

 本来なら羽島駅になってもおかしくないところ、きっとそれじゃあ誰も岐阜県ってわかってくれないよね、ということで「岐阜羽島」と名付けられたのだろう。北海道新幹線の新函館北斗駅も似たようなパターンの駅名のひとつだ。

 で、この岐阜羽島駅、筆者は浅学にしてほとんどその存在を意識することがなかったのだが、「のぞみ」は通過するけれど実は「こだま」だけではなく「ひかり」も停まる。少なくとも1時間に1本の「ひかり」が停まって、つまりは岐阜県の玄関口という役割を持っているのだろう。

■東京から「ひかり」にゆられて約2時間

 さて、実際に「ひかり」に乗って岐阜羽島に行こう。東京から岐阜羽島までは約2時間。「のぞみ」で例えれば新大阪や京都よりも近い。だから地味な駅だといってもそれほど遠いわけではないのだ。ちなみに岐阜羽島駅には他のJR在来線は乗り入れていない。つまり東京から岐阜羽島に行こうと思ったら、新幹線「ひかり」に乗るしかないのである。

 そんなわけで東京から約2時間。岐阜羽島駅は他の新幹線駅と同じように高架の立派な駅舎で、高架下にある改札前のコンコースもずいぶん広くて立派なものである。

 コンコースには立ち食いそば店や喫茶店があるようだが、近づいてみると12月いっぱいで閉店したとの張り紙が。新型コロナのせいかどうかはわからないが、つまりこの駅にやってきてゆったりコーヒーを飲んだり新幹線の出発前にそばをかき込んで小腹を埋めるようなことはできなくなってしまったのである。

■南口に広がる駅前広場

 待合室とコンビニくらいしかない広々とした駅舎の中にいてもしょうがないので、外に出てみよう。出入り口は南口と北口に。南口にまず出てみると、やはりこちらも新幹線駅らしい立派な駅前広場とコンコース。そしてそれを取り囲むようにして駐車場が広がっている。駅前から北に向かう道路には何やら企業系の巨大看板がいくつもあるが、それらは新幹線の車窓から見えるように考えられたものなのだろう。

 ただ、他に何があるのかと言うと特になにもない。クルマはそこそこ走っているし、駅前のベンチで座っているおじさんもいた。が、何をしているのかわからないので話しかけるのも憚られるし、それ以外には駐車場と駅前広場とその先の道路くらいしかないのである。

■北口にたつ「どでかいオブジェ」

 ならば反対側、北口に出てみよう。

 どうやら、岐阜羽島駅の正面は北口のようだ。南口よりも立派で広いロータリーに客待ちのタクシーや送迎車が何台も停まっている。そして北側にはアパホテルとルートインが仲良く並んで建っている。ちなみに南口には東横インもあるので、岐阜羽島駅前にはビジネスホテルビッグ3(筆者が勝手に呼んでいるだけです)が揃い踏み。そのあたりからも、岐阜県の玄関口は岐阜羽島駅だぞ!という強い意思を感じるのである。

 そして駅のロータリーの先には、どでかい怪しげなオブジェと「ようこそ」の歓迎看板が建っている。「ようこそ」はどこの町の駅にもあるので横においておくとして、怪しげなオブジェから解決しよう。近づいてよく見てみると、「円空」と書いてある。

 円空といったら江戸時代初期の僧侶で、“円空仏”と呼ばれる木彫りの仏像をたくさん作ったことでも有名だ。調べてみると、羽島市内には中観音堂や長間薬師寺など円空仏を安置するお寺がいくつもあるという。そういうわけで、巨大な円空仏オブジェをシンボルとして駅前に置いたのであろう。あんまりにもでっかいのでちょっとびっくりして怪しげだとかなんだとか言ってしまったが、とてつもなく由緒のあるものであった。

■公園に待ち受ける「とある夫妻の像」

 円空仏のオブジェを横目に駅前の小さな公園に足を運ぶ。するとそこにはもうひとつの大きな銅像が待ち受けていた。指をさすおじさんとその横に佇むおばさん。「大野伴睦夫妻像」だという。円空は教科書にも載るような江戸時代のお坊さんだったが、こちらは昭和を代表する政治家のご登場である。岐阜羽島駅と大野伴睦センセイ、どんな関係があるのだろうか。

 実は、大野伴睦はここ岐阜県を地盤としていて、岐阜羽島駅は大野伴睦が強引に作らせた“政治駅”として話題になっていたことがある。政治と鉄道はいつの時代も切り離せないものだが、ときの有力政治家が自らの地盤に新幹線の駅を作らせてその上に駅前に自らの像まで、となればこれはもう利権も利権、大問題。そんなことが許されていいのか、である。

■1964年にできた「岐阜羽島」

 ほんとうに大野伴睦が岐阜羽島駅を作らせたのかを考えるためには、岐阜羽島駅の歴史を振り返らなければならない。

 岐阜羽島駅の開業は1964年10月1日。つまり東海道新幹線の開業と同時である。大野伴睦自身は新幹線開業直前の1964年5月にこの世を去っているが、建設が進んでいた時期には自民党の副総裁として辣腕を振るっていた。だから、岐阜羽島駅が大野伴睦センセイのおかげで、となってもなんの不思議でもなさそうだ。

 だが、鉄道の観点から見てみると岐阜羽島駅にはなんの不思議もないことがわかる。名古屋から西を目指すとき、新幹線のように高速で走ることを前提にしていれば少しでもカーブの少ない直線的なルートが望ましい。なので岐阜県の県都である岐阜市を通るとかなりの遠回りになってしまうので、それはさすがに無理筋であった。

 もしも、大野伴睦が強権を奮ったのであれば、遠回りになっても岐阜駅を経由させたのではなかろうか。しかし実際にはそうはならず、新幹線は岐阜県の南西部をかすめるように通り抜けるだけになっている。

 そして新幹線には経由する都道府県全てに駅を設けるという原則があった。ならば、岐阜市にも近い現在の羽島市内に駅を、という話になるのはとうぜんの成り行きである。

 さらに、もしも岐阜県内に駅を設けなければ名古屋〜米原間は駅間距離が開きすぎてしまい、列車の追い越しや緊急時の対応などに制約が生まれてしまう。つまり運行上の観点からも、羽島市付近に駅をつくるのは妥当な選択だったのである。

 というわけで、岐阜羽島駅は地味かもしれないけれど存在そのものにはいささかもおかしな点はない。政治駅、などと呼ばれたら岐阜羽島駅は憤懣やるかたないに違いない。

 大野伴睦が関わった点といえば、羽島駅ではなく頭に県名をつけた“岐阜”羽島駅にしてくれと言ったというエピソードが伝わる。また、岐阜市内に駅をつくれという声に対して、岐阜羽島駅を作らせるからこらえてくれ、と調整役に回ったという話もある。

 実際がどうだったのかはわからないが、少なくとも岐阜羽島駅は大野伴睦センセイの強権の産物ではない、と言い切っていいのではないかと思う。いずれにしても、大野伴睦センセイ夫妻は今も駅前で岐阜羽島駅を見守っているのである。

■乗り入れる中京地区の私鉄の雄・名鉄

 大野伴睦センセイの像とは反対側の一角には、もうひとつ気になるものがあった。「新羽島駅」と書かれた小さな駅舎だ。

 これはどうやら名鉄(名古屋鉄道)の駅らしい。岐阜羽島駅にはJRの在来線は乗り入れていないが、中京地区の私鉄の雄・名鉄は乗り入れているのだ。

 新羽島駅から伸びているのは名鉄羽島線。開業したのは1982年のことだから、岐阜羽島駅の開業よりもだいぶ遅かった。それまでの岐阜羽島駅は完全なる新幹線単独駅で、岐阜市や大垣市など県内の市街地に向けてはバスやタクシー、送迎車などで移動する他なかった。

 その名残というべきか、駅の周りにはやたらとたくさんの駐車場がある。新幹線に乗って東京や大阪に行かんとする岐阜のひとたちは、クルマで駅までやってきてあたりの駐車場に停めるのだろう。他にこのあたりの鉄道はというと、名鉄竹鼻線が南北に走っていた程度であった。

■岐阜県の玄関口として

 羽島市は東に木曽川、西に長良川に挟まれた一帯で、いわゆる“輪中”が発達していた水害との戦いの町。中心は竹鼻町で、明治以降は繊維産業で栄えていたという。この地域では木曽川対岸の愛知県一宮市も繊維産業の町で知られており、覇権を争うライバル関係だったようだ。

 ただ、いずれの町でも繊維産業は廃れてしまい、どちらかというと今では岐阜や名古屋のベッドタウンになっている。

■当時の航空写真を見ると…

 岐阜羽島駅が開業した当時、この一帯の市街地は竹鼻町付近に集中していて岐阜羽島駅の周りは一面の田園地帯だった。北口の駅前からまっすぐ伸びている目抜き通りはその当時に建設されたものだ。古い航空写真を見ると、その目抜き通りの存在感が今以上に大きいことがよくわかる。

 開業から半世紀以上が経って、ホテルもできて私鉄も乗り入れて少しずつ発展してきた。駅の周りを少し歩いてみると、マンションもいくつかあるようだ。1983年には名神高速道路の岐阜羽島ICも開通している。つまりは岐阜の玄関口としての存在感は、どちらかというと年々増している最中といっていい。

■行こうと思えばすぐ行ける便利な駅

 ただ、いかんせん駅前には高いビルといったらビジネスホテルくらいしかなくて、印象としては平らで空が大きな町。肝心な岐阜市内や大垣市内に赴こうと思えばバスや名鉄に乗り継ぐ必要があって、少々不便といえば不便である。だったら「のぞみ」で名古屋駅で降りて、東海道線の新快速にでも乗ったほうが便利な気がしてしまう。

 こういった、便利なようで不便なようでどちらともつかない不安定さが、新幹線のナゾ駅の特徴なのだろう。けれど、ひとつ最後に言っておくとすれば、岐阜羽島駅は東京から約2時間。行こうと思えばすぐ行ける、便利な駅なのである。

写真=鼠入昌史

(鼠入 昌史)

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