【今週はこれを読め! ミステリー編】理知的で公正な修道女フィデルマに魅了される『修道女フィデルマの采配』

【今週はこれを読め! ミステリー編】理知的で公正な修道女フィデルマに魅了される『修道女フィデルマの采配』

『修道女フィデルマの采配: 修道女フィデルマ短編集 (創元推理文庫 M ト 6-19)』ピーター・トレメイン,田村 美佐子 東京創元社

 探偵キャラクターの登場するシリーズでは世界最高峰の人気を誇る。

 それが最新刊『修道女フィデルマの采配』が刊行されたピーター・トレメインの修道女フィデルマシリーズだ。

 本シリーズの魅力の大部分は探偵であるフィデルマの人物造形にある。訳註に沿って書けば「七世紀アイルランド最大の王国(現在のマンスター地方)の数代前の王ファルバ・フランの娘であり、現モアン王コルグーの妹」、つまり高貴な血筋に連なる者であると同時に「修道院で学んだキリスト教文化の学識を持つ尼僧であ」り「アイルランド古来の文化伝統の中で、恩師"タラのモラン"の薫陶を受けた法律家」でもある。この法律家の資格とは、ドーリィーというもので現在で言えば法廷弁護士に当たるが、時には裁判官の役割を果たすこともできた。かつ、古代アイルランド学者の社会的地位においては、上から二番目にあたるアンルーという上位弁護士の資格も備えており、司法の場においては各地の王たちもこれを尊重しなければならない権利を有する身の上なのである。

 初めはフィデルマを若い女性と見て侮る態度を取った者たちが、ぴしゃりとやりこめられていく水戸黄門さながらの場面が毎回の読みどころになっている。本作を読んで改めて気づいたのは、フィデルマが優越的な立場を単に誇示するわけではなく、すべての主張に合理的な根拠があるとはっきり説明することだった。だからこそ彼女の行動に爽快感を覚えるのである。法廷にあっては嫌疑に合理的な根拠があるのか十分に審議を尽くし、それが証明されるまでは決して被告を有罪として扱ってはいけないという無罪推定の原則を元に行動する。その彼女が予断・偏見ありまくりの男たちと対決する図式が描かれるのだから、魅力的に感じるのは当たり前なのだ。

「みずからの殺害を予言した占星術師」において、死者は被告に殺されるという予言を残して死んだのだ、その予言は絶対だから絶対なのだ、と循環論法気味に言い立て、俺の言うことに文句があるのか、と憤るブレホンのゴルモーンにはこう言って諫める。

「あなたが判事として法廷に着席し、ドーリィーとして依頼人の弁護を務める私の提示するすべての証拠と答弁をお聞きになったのちに判決をくだされたあかつきには、その判決に対するしかるべき敬意を求める権利があなたにはおありですし、私もまたそれに従いましょう。ですがそれまでは、あなたはいかなる判決もおくだしになっていないと考えておきます。万が一にもそうでないとすれば、それは法に反する行為ですから」

 また、先に殺害の予言がくだされ、それが何の妨害もなく成就したのだ、と主張する向きには厳しく反論する。

「運命とは愚者が失敗に対してするいいわけですわ」彼女はぴしゃりといい据えた。「このようなことが起こると承知していながら、誰ひとり腰もあげずにただ待ちかまえていただけだった、などという話を信じろとおっしゃるのですか」

 フィデルマが要求するのは理に適った説明、それだけである。七世紀という古代の物語であるが、この姿勢は現代にも十分通用する。歴史的過去の物語でありながら、言葉遣いや舞台、道具立てなどの意匠を除けばそれほど古めかしい印象がないのは、そのためだろう。

 また、この主人公は男女の別や既得権といった意味のない事柄も否定する。古代アイルランドにおいては教育の機会や社会地位などに性差はなく、公平に権利が与えられていたという。そうした時代背景あっての主人公なのだが、やはり偏見に目が曇った者はいるのだ。

「狼だ!」で牧場を訪れたフィデルマは、乳も絞られずに放置されている牝牛をまず救わねば、と同行した男性に提案する。「自分は武人だから」と尻込みする相手にこう言うのである。

「この気の毒な牛たちはそんなことになど構っていられないでしょうし、私がドーリィーであり王妹であることも気にすらしないでしょう」

 本書は修道女フィデルマシリーズの日本で独自に編纂された短篇集の第五作に当たる。五篇が収録されていて、お薦めは年端もいかない子供が死んだ事件を調べるフィデルマが、法の限界に直面する「養い親」、そして鎖された状況下での毒殺事件の謎を解く「法定推定相続人」である。結末がよくできた落語のような「魚泥棒は誰だ」もいい。本のどこにも書かれていないが、巻頭の「みずからの殺害を予言した占星術師」の初出はアン・ペリー編のアンソロジー『ホロスコープは死を招く』(2001年。ヴィレッジブックス)である。いい短篇集だが、各篇が本国でどのような媒体に発表されたかが書いてないのは困りものである。記載するのはたいした手間でもないだろうに。以下の通りである。

「みずからの殺害を予言した占星術師」"The Astrologer Who Predicted His Own Murder," in Death By Horoscope, ed. Anne Perry, Carroll & Graf, New York, Fall, 2001.

「魚泥棒は誰だ」"Who Stole The Fish?," Murder Through The Ages, ed. Maxim Jakubowski, Headline Books, London, 2000

「養い親」"The Fosterer," original story for Whispers of the Dead, St Martins Press (New York) and Headline (London) March 2004

「狼だ!」"Cry Wolf!" original story for Whispers of the Dead, St Martins Press (New York) and Headline (London) March 2004

「法廷推定相続人」"The Heir Apparent," original story for Whispers of the Dead, St Martins Press (New York) and Headline (London) March 2004

 THE INTERNATIONAL SISTER FIDELMA SOCIETY(https://www.sisterfidelma.com/)から上記は引用した。このサイトはシリーズについて詳細に記されていて参考になるのでご覧いただきたい。興味がある方は本書を含む短篇集からぜひ。理知的なフィデルマのキャラクターに魅了されることは請け合いである。

(杉江松恋)

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