【今週はこれを読め! ミステリー編】世界最高峰の私立探偵シリーズが帰って来た!〜S・J・ローザン『南の子供たち』

【今週はこれを読め! ミステリー編】世界最高峰の私立探偵シリーズが帰って来た!〜S・J・ローザン『南の子供たち』

『南の子供たち (創元推理文庫 Mロ 3-14)』S・J・ローザン,直良 和美 東京創元社

 分断と不寛容が生み出す悲劇の物語である。

 S・J・ローザン『南の子供たち』(創元推理文庫)は、現在におけるアメリカ私立探偵小説の到達点ともいえるシリーズの最新長篇だ。前作『ゴースト・ヒーロー』が翻訳されたのが2014年、約8年も間が空いてしまったので連作についてご存じない方も多いかもしれない。これは翻訳の怠慢ではなく、本国でも8年間の中断があったのだ。これだけご無沙汰の期間が長いと再会が怖くなるものだが、大丈夫。いささかの衰えもなくシリーズは帰って来てくれた。

 基本設定を書いておきたい。本シリーズの主人公は中国系のリディア・チンと白人のビル・スミスという私立探偵のコンビである。二人は完璧に対等な関係で、もちろんリディアが女性だからといってビルが男の力を誇示するようなこともない。画期的であったのは、そうしたパートナーシップが作中で描かれるだけではなく、視点人物も交替制を採用したことだ。1994年に発表された第一作『チャイナタウン』ではリディアが、第二作の『ピアノ・ソナタ』ではビルが主役を務めた。そうやって均等に視点を振り分けることで、二人の対等な関係にいささかの偏りも起きないように配慮されてきたのだ。これは大変な発明であったと思う。

 ざっくり書いてしまうと、1960年代から主人公の人物描写を事件の進行と同等の比重で書き込むことが盛んになった私立探偵小説のジャンルでは、キャラクターを軸にして物語が組み立てられる傾向が強くなった。その結果ヒーローの個性が作品の成否を分けるようになったのはいいのだが、主人公の立場を正当化しようとするあまり、相棒キャラクターが便利に使われる例も多くなった。荒事を処理できる相棒がいればヒーローの手を汚させないで済む。主人公が多少行き過ぎたキャラクターになってしまっても、パートナーによってそれを肯定させればヒーロー小説定型からの逸脱は少なくて済む。そんな風に相棒キャラクターが使われると本来は単体の個性が際立っているべき主人公の魅力は減じていく。そうした陥穽に陥らずに私立探偵小説のコンビを書くことにローザンは成功したのである。そうか、完全に対等な二人を書けばよかったのだ。考えてみたら当たり前のことだ。

 リディアとビルのコンビが普段活動しているのは東海岸のニューヨークだが、『南の子供たち』では南部州のミシシッピに赴くことになる。リディアが母親から、親戚がらみの仕事を押しつけられたからだ。実はリディアには八親等ほど離れたいとこがミシシッピにいたらしい。その程度の関係であれば、中国系の親族観念ではいとこなのである。未知のいとこことジェファーソン・タムは無実の罪で逮捕されたのだとリディアの母は言う。父親であるリーランド・タムを殺害した容疑である。リディアの母は言う。ジェファーソンは無実であると。なぜならばリディアの父のいとこだからだ。それが何よりの証拠であり、他に理由は要らないではないか。かくしてリディアは、会ったこともない親戚を救うためにはるばると南部州を訪ねることになる。

 リディアの母は中国系である自身の出自を誇りにしており、ビルのことも「白いマントヒヒ」呼ばわりして娘に近づくことを快く思っていない。そうした中国系移民の精神風土が物語の前半ではまず描かれる。南部州においてはご存じのとおり極端な黒人差別がまかり通ってきた歴史があり、現在でも白人優位主義を中心として社会が出来あがっている。人種だけでなく、性差に関するものも含めて保守思想が堅固なのだ。南部の男たちからリディアは「マム」と敬称で呼びかけられる。敬称ではあると同時に「きみは女だから」という線引きが明確にされている証拠でもある。ただし、あっちとそっち、というように単純な二元論にならないのが本書のおもしろいところで、人種問題に関するものだけでも白人と黒人という対立項に中国系という立場を加えることで、事態がより立体に見られるように配慮されている。人種差別問題に詳しい読者でも、本書で初めて知る事実は多いのではないだろうか。現実を冷静に描き出すための視座が準備されており、落ち着いた気分で物語を読むことができる。ミシシッピでは当たり前のこと、と何が起きても大きく構えていられるはずだ。

 人間をありのままの姿でとらえるのではなく、一つの物差しだけを当てはめる考え方がいかに頑迷なものであるかが描かれた小説である。たとえばある登場人物は、自分の孫に会うことを拒絶する。孫には八分の一、中国人の血が流れているからだ。「先祖にひとりでも有色人種がいれば有色人種とみなす」ワンドロップ・ルールである。こうした頑なさが生み出すもの、あいつらは自分たちとは違う、という分断の思考によって導かれる事態が次々に描かれていく。笑っちゃうほど愚かだ。しかし笑えないほど哀しくもある。リディアとビル、二人の公平な視点は読者に思惟に耽る余裕を与えてくれるだろう。

 シリーズ作品だが、ここから読み始めてまったく問題ない。ぜひともアメリカ一の、ということはおそらく世界最高峰の私立探偵小説をご賞味いただきたい。幕引きの場面では小さなサプライズがあるのだが、それはシリーズをずっと読み続けてきた人へのボーナストラックである。その場面を読んで、感銘を受けたらぜひ『チャイナタウン』へ。長いシリーズだから、ゆっくり読んでいる間にもしかすると次作が出るかもしれないし。

(杉江松恋)

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