【今週はこれを読め! エンタメ編】新米編集者の悪戦苦闘成長小説〜小嶋陽太郎『こちら文学少女になります』

【今週はこれを読め! エンタメ編】新米編集者の悪戦苦闘成長小説〜小嶋陽太郎『こちら文学少女になります』

『こちら文学少女になります』小嶋 陽太郎 文藝春秋

 こちらは文学中年になります。あ、これはタイトルへのアンサー。(ん? これどっかで見たなあ。あ、このコーナーで著者のデビュー作『気障でけっこうです』が取り上げられたときだ! ...ということで、よろしければ2014年12月第3週のバックナンバーをお読みになってみてください)。いや、主人公・山田友梨の筋金入りの文学少女ぶりを見た後では、"文学"を冠して自称するのはおこがましい。彼女の方は、好景気のご時世にあってもおいそれとは就職するのが難しい大手出版社に編集者として採用されるほどの人材なのである。愛読しているのは太宰治などバリバリの純文学。...とくれば、配属先はやはり文芸部署かな? ヤングビート編集部? 文芸誌っぽくない誌名だけど...。え、漫画なの!?

 就活中は複数の出版社を回った友梨。第一志望は文芸出版の雄、文芸青春(最近スクープを連発している週刊誌の出版元がモデルのような...)。しかし、最終面接までこぎ着けたものの不合格となった。唯一採用されたのが、漫画の遊泳社(体がゴムのように伸びる海賊や先だってコミックス200巻で連載終了した警官が出てくる少年漫画雑誌の出版元がモデルのような...)。入社して2か月に及ぶ研修も残すところあと5日というところで行われた役員や各部署の部長との面談では全力で「文芸編集者になりたい」と猛アピールしたにもかかわらず、配属先は週刊青年漫画誌・ヤングビートだったのだ。

 文芸も漫画も好きな身からするとどっちに配属されても万々歳な気がするが、友梨は漫画が大の苦手。その苦手意識は業務を進めるうえでも響いており、冒頭からしてヤングビートの大御所漫画家・柳沼昭雄を怒らせたことが発覚するシーンだ(そしてさらに部長の重田に怒られる)。その重大事件を皮切りに、友梨の編集部におけるいろいろズレた仕事ぶりが明らかになる。新人はもまれて成長するものではあるが、口が悪かったりセクハラ気味だったりと前時代的な上司や先輩たちは相当な手強さ。壁にぶち当たった友梨はさらに、あり得ないものが見えるようになってしまい...。

 たとえ好きで就いた職業であっても、一瞬たりとも「仕事がつらい」と思わない人間はまずいない。まして好きでない職ならなおさらだ。それでも、どんな仕事であれ、やりがいや達成感は自分の心がけしだいだというのもまた真実ではないだろうか。マイペースな人間しかいないようなヤングビート編集部の面々だが、共通項もある。それは自分の仕事に対して真剣に向き合っていることだ。彼らに触発された友梨は、大ヒット作『キヨのひらく箱』の作者である謎の覆面漫画家・今井コウタや高3男子の今田道程が童貞卒業を目指す『いまだ、できず』の作者・荒又勇の担当編集者として、自分が何をすべきかということを本気で考えるようになる(余談だが、今田道程の読みはイマダミチノリ。中学時代に国語の授業で高村光太郎「道程」を習ったとき、男子らが盛大にニヤニヤしていたことを思い出した)。本書は漫画編集部の内幕を知ることができる職業小説であり、右も左もわからなかった新米編集者の成長小説でもあるのだ。

 個性派揃いの主要キャラの中でも要注意人物なのが、今井コウタの代理人である江上吾郎氏。担当編集者とすら顔を合わせたことのない今井に代わり、すべての交渉ごとを行っている。著作権エージェントを名乗る身なりのよい紳士とのことだが、著者の小嶋陽太郎さんがボイルドエッグズ(まさに日本初の著作権エージェント)が主催の新人賞でデビューされた作家であることを考え合わせると興味深い。こりゃ、小嶋さんも覆面作家の可能性あるな...(思いっきり顔出しされてるっつーの)。などと邪推してみたのも、今井コウタの正体が明らかになるくだりや、友梨に見えるようになったあり得ないものが何だったのかの謎解きとか、ミステリー小説的な読み応えもあったからなのだ。こうなったらもう、年末の「週刊文春ミステリーベスト10」にランキングされても驚かない(嘘。さすがに驚く)。

 本書は著者の4冊目の単行本で、これまで中高生の物語を描いてこられた著者による、社会人を主人公とした初めての小説。多くの人にとって、新人だった頃の思い出すのもつらく恥ずかしい悪戦苦闘の日々というのは、同時に何もかもが新鮮で驚きと発見に満ちた日々でもあったのでは。最後に江上氏の言葉を、これは創作について語られてはいますが、すべての人が自分のこととして受け止めることができたらいいんじゃないかなと思います。「創作に、『これ以上ない』などということはありえない。どんな作品にも必ず向上の余地はある。われわれ出版人はみなその高みを目指して仕事をしている。違いますか」。この言葉は小嶋さんの決意表明でもあるように読めました。高みを目指して、でもあまり気負うことなく、書きたいと思われる作品を次もまた読ませていただければと期待しています!

(松井ゆかり)

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