【今週はこれを読め! SF編】名匠による娯楽長篇『スペース・オペラ』と、濃厚なたたずまいの短篇群

【今週はこれを読め! SF編】名匠による娯楽長篇『スペース・オペラ』と、濃厚なたたずまいの短篇群

『スペース・オペラ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)』ジャック ヴァンス 国書刊行会

 アメリカSF界で独自のポジションを築いたジャック・ヴァンスの魅力を、日本の読者へ伝えるために企画された《ジャック・ヴァンス・トレジャリー》全三巻が、本書で完結した。短めの長篇『スペース・オペラ』と、四つの短篇を収めている。

『スペース・オペラ』は、ある意味で非常にヴァンスらしい作品かもしれない。深遠なテーマやヴィジョンとも無縁の娯楽小説で、衝撃的なガジェットや設定も、凝ったプロットもない。パッと思いついたアイデアをさらりと書き流しただけに見える。にもかかわらず、名匠ならではの味がじわっと滲みでている。ありあわせの素材でつくられたまかない料理なのに、繊細な匙加減で「いくらでも食べられる」美味しさに仕上がっている。SFの歴史に刻まれるような看板メニューではないけれど、常連は「こっちのほうが好きだ」とこっそり注文する。そんな感じだ。

 SFでスペース・オペラといえば西部劇(ホース・オペラ)を宇宙へ移植した冒険活劇のことだが、この作品はさにあらず。宇宙を巡業する歌劇団の物語なのだ。作中でほんもののオペラが上演される!

 一座を率いるのは、財産家の貴婦人デイム・イザベル・グレイス。石黒正数さんが描いた表紙絵だと、中央上部で両手を組んで睥睨している体格の良い女傑が彼女だ。根っからのオペラ愛好家である彼女は、謎の惑星ルラールからやってきた〈第九歌劇団〉の公演を堪能するが、その直後に歌劇団全員が忽然と行方をくらましてしまう。デイム・イザベルはルラール人の謎の調査に着手するいっぽうで、新しい計画を思いつく。この宇宙にはルラール人だけではなく、音楽を愛する洗練された種族がたくさんいるに違いない。地球の本格的なオペラを積極的に紹介すべきだ。

 彼女は金と名声にものをいわせ、最高のオーケストラと歌手をスカウトして、組み立て式の劇場を備えた宇宙船〈ボイポス号〉で旅立つ。船長は、〈第九歌劇団〉を地球に連れてきたアドルフ・ゴンダー。音楽学者バーナード・ビッケルも同行する。デイム・イザベルの甥ロジャー・ウールは最初のうち、財産を無駄遣いする伯母の所業を渋い顔で見ていたのだが、ひょんなことで宇宙船に乗りこむはめになる。そのひょんなきっかけをつくったのが、謎めいた美女マドック・ロズウィンだ。彼女はあの手この手で宇宙船に乗りこもうと試み、けっきょくロジャーを籠絡して密航する。

 かくして、あまり足並みが揃っていないままの一座が、宇宙の各地で公演を打ちながら、最終目的地であるルラールをめざす。

 全体を牽引する大きな謎として〈第九歌劇団〉の失踪があり、物語にサスペンス的なアクセントを与える謎としてマドック・ロズウィンの動機がある。ただし、このふたつとも、本格ミステリのような大仕掛けではなく、SFとしてみてもちょっと唖然とするような展開----悪くいえばパルプ小説的なご都合主義----なのだが、小説全体がドタバタの珍道中なのでしっくりと馴染んでしまう。

〈ボイポス号〉一座が行く先々でおこなった公演は、現地の文化や風習とのすれ違いによって、デイム・イザベルが期待したような成果にはならない。ときにションボリ、ときにてんやわんや、ときに危機一髪の顛末にいたるのだが、そのエピソードひとつひとつも「文化異類学的(ゼノグラフィカル)SF」のふたつ名のあるヴァンスにしては薄味だ。しかし、これくらい薄味のほうが全体が重くならなくて良い。もちろん、薄くてもヴァンスなので、ちゃんと風味はある。そのあたりを白石朗さんは「訳者あとがき」で、こう指摘する。

 必要最小限の描写しかなされませんが、選びぬかれた少数のディテールによるツボを押さえた描写であればこそ、凡庸な作家が幾千万も贅言を費やしても比肩し得ないまでに奥行きを感じさせ、異質なものを異質なまま体感させるヴァンスのたぐいまれな手際が光っています。



 その「体感」の程度は、読者の感受性あるいはヴァンスとの相性に関わっているのだろう。日本におけるヴァンス紹介の第一人者である浅倉久志さんをはじめ、《ジャック・ヴァンス・トレジャリー》で翻訳を担当している酒井昭伸、中村融、白石朗の各氏は、ヴァンスとのシンクロ率がきわめて高い。

 そこまで感度が鋭くない私のような読者にとっては、本書の後半に収められた短篇群のほうがわかりやすい。くっきりとアイデア・設定・技巧が立っているからだ。

 とくに「エルンの海」は、異質な生命体の風変わりな生態----環境との適合においても生殖の様式においても----を、その生命体の目を通して描いた傑作。叙述の視点はかならずしもその生命体に固定されているわけではないが、異なる世界の様相が限定されたアングルで高精細にとらえられている。読者は最初のうちはとまどうだろうが、しだいに開けていく世界の展望と、その世界のなかでの主人公の境涯が感動的だ。

 ほかに収録されているのは、五つの異なるエピソードの背景にスケールの大きな政治劇が立ちあがる「新しい元首」、文化人類学テーマの先駆的作品「悪魔のいる惑星」異星海棲知性とのコンタクトを描く「海への贈り物」。いずれも、ヴァンスならではの語彙や表現力がはっきりとあらわれた作品だ。

(牧眞司)

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