【今週はこれを読め! エンタメ編】10歳の少年の家族や友達との日々〜朝倉かすみ『ぼくは朝日』

【今週はこれを読め! エンタメ編】10歳の少年の家族や友達との日々〜朝倉かすみ『ぼくは朝日』

『ぼくは朝日』朝倉 かすみ 潮出版社

 故ナンシー関さんが、ノストラダムスの大予言を本気で信じていたらしい長嶋一茂さんについて"小4男子のようだ"といった感じで形容されたことは、いまでも鮮やかに私の記憶に刻み込まれている。"小4男子"というのは、一般的な男子児童の子どもっぽさを表現するものとして絶妙な年齢設定であるといっていいだろう。本書の主人公・西村朝日も、10歳になったばかりの小学4年生だ。朝日はいかにも"小4男子"な面と、妙に老成した雰囲気とを併せ持っている。そこで自分が小4女子だった頃を考えてみると、すでに朝日と同様老成した面を持ち合わせていた気がする(女子の方が男子よりも早く大人びるものと見なされていることを加味すればよけいに)。が、さらに考えを推し進めると驚くべき事実に思い至る。大人になっても小4のときの老成レベルと現在の自分の精神年齢はほぼ変わらないように思えるのだ。さすがに受験や就職に結婚・出産・親の看取りなどによって、経験値は多少上がったとはいえ、基本的なものの見方といったものは驚くほど変わっていない気がする。つまり、人間というのは、10歳のときには人間としてのだいたいの基礎ができあがっているのではないだろうか。

 朝日が10歳の誕生日を迎えたのは、アームストロング船長の月面着陸(1969年7月20日)の翌年のことだそうだ。ということは、1970年に10歳→生まれたのは1960年と考えられるわけで、朝日は私より7歳ほど年長の昭和の子どもである。どうりで登場する固有名詞や商品名などが懐かしいものばかりだ。カラーテレビ、クリープ、布施明、レスカ(レモンスカッシュ)、金のエンゼル銀のエンゼルetc. とりわけ懐かしさに身もだえしたのは、一時期ハマりにハマっていたチャオ(ご存じだろうか? 透明の飴の中にとろっとしたチョコレートがくるまれているキャンディ)。

 と言いながら、特定の年代にしかアピールするものがないというのもどうかなと思うし、個人的にも懐古趣味に訴える創作物にはあまり興味がない。しかし、本書の魅力が時代風俗のみにあるわけではないことは、読んでいただければすぐに明らかになるだろう。世の中の11歳以上の人々はすべて、10歳だった時期を過ごしてきている。10歳は子どもだけれども、他者を思いやる気持ちややるべきこと/やってはいけないことを判断する力は十分に備わっているのだ(上で述べた「基本的なものの見方といったものは驚くほど変わっていない」と考える根拠)。朝日の母親は、朝日を産んだときに亡くなった。父親と10歳違いの姉との3人暮らしで、ときどきは母方の祖母のところに泊まりに行ったりも。母親がいなくとも家族からの愛情をいっぱいに受けて育っていることは、全編を通じて描写されている。そして、朝日は与えられた愛情をきちんと周りにも返すことのできる少年だ。なかなか勇気を出せずにいた同級生の富樫くんに対しても、飼い主が見つからない猫に対しても、一見そうとはわからないけれども元気をなくしていたおねえちゃんに対しても。困っている人たちにごく自然に寄り添うことができることに、しみじみと心を打たれる。こんな10歳どこにもいないようで、もしかしたらいるかもしれないし、実際いたらいいよねと思わせる好少年だ。

 それでも、どんなに健やかに育っていても、朝日にとって写真でしか知らないお母さんの存在は大きい。お姉ちゃんに叱られるときに朝日が最もこたえるのは、「お母さんが悲しむ」というひと言である。朝日という名前はお母さんの希望で付けられたものだという。お姉ちゃんが生まれたとき、「台所の窓から入ってきた夕日がすごくきれいだってことに初めて気がついたような気がした」ことから「夕日」と名づけられた。そして、プラネタリウムが好きだったお母さんは、「プラネタリウムのさ、朝になるときにかかる曲もいいよね。夕日の弟か妹が、もし、朝に産まれたら、朝日って名前にしたいなあ。朝はいつも新しいっしょ。毎日、新しい一日が始まるのは朝のおかげだもんね」とも考えていたのだ。朝日とお母さんは、一緒にプラネタリウムに行ったこともなく、名付けの由来について直接話をすることもできなかった。けれども、ともに過ごした時間の長さではなくてお母さんから大切に思われていたという事実が、朝日の心を温め続けてくれることを願う。

 さて、朝日は小樽に住んでいるのだが、著者の朝倉かすみさんも北海道のご出身。たぶん、1か所「水曜どうでしょう」へのオマージュ的場面がある。ヒントは「初めてのアフリカ」。「どうでしょう」ファンはもちろん、そうでない方々もお読みになって探されてみてはいかがでしょうか。

(松井ゆかり)

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