【今週はこれを読め! SF編】大胆なSFの設定に、現代社会の問題を写しとる

【今週はこれを読め! SF編】大胆なSFの設定に、現代社会の問題を写しとる

『?景芳短篇集 (エクス・リブリス)』?景芳 白水社

 白水社の《エクス・リブリス》は、上質な海外文学を届けてくれる、小説読みにとっては慈雨のごとき叢書だ。そこに初めて収められたジャンルSFが本書である。七篇を収めた短篇集。著者のプロフィールを知って、のけぞった。

 ?景芳(ハオ・ジンファン)。1984年生まれ、高校在学中に三十歳以下を対象にした文学賞で一等賞を受賞。清華大学(アジアで随一にランクされるエリート校)物理学科を卒業後、同大天体物理センターを経て、同大経営学部で経済学の博士号を取得。

 ひとむかし前なら、SFの主人公の設定と見まごうばかりの才媛である。

 本書の冒頭を飾る「北京 折りたたみの都市」は、ケン・リュウの手で英訳され、2016年のヒューゴー賞中篇部門を受賞している。なお、英訳に基づいた邦訳「折りたたみ北京」(大谷真弓訳)は、日本SF大会でのファン投票による星雲賞を受賞している。この作品については、かつて収録のアンソロジー『折りたたみ北京』の書評で取りあげた(http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2018/03/13/131630.html)。

 過密な人口を吸収するため、北京という街を三重構造にして、時間制で切り替わる。ひとつの空間が活動しているあいだは、ほかの空間は折りたたまれて眠りにつく。空間の転換は地面や構造物に内蔵されたギアと蝶番でおこなわれ、イメージがものすごい。このスペクタクルこそ、作品の最大の魅力だろう。

 ただし、物語のテーマはじつに切実なものだ。ひとことでいえば、常態化した社会格差。しかも、上位の階級に属する者も下位の階級に属する者も、その差を漫然と受けいれてしまっている。いうまでもなく現代中国の歪みを反映しているのだが、日本にしても余所ごとではない。それどころか、いっそシビアに読めてしまう。

 収録作品中もっとも読み応えがあり、完成度が高いのが「弦の調べ」だ。宇宙からやってきた鋼鉄人によって地球はすっかり支配される。しかし、戦闘があったのは最初だけで、鋼鉄人は地球の都市を破壊しようとはしない。古くからの文化は最大限に尊重され、抵抗する者は容赦なく殺戮するが、科学、芸術、歴史に関する事物、個人、団体は寛大に処遇される。鋼鉄人の庇護を得ようと、人々はこぞって芸術に打ちこみ、とくにヴァイオリンを習う者の数は幾何級数的に増えた。

 語り手の陳君(チェン・ジェン)はヴァイオリン教室で教えているが、親に強制されて習いに来る生徒たちを前にして、指導に身が入らない。彼の頭を占めているのは、自分の恩師にあたる林(リン)先生が、若き天体物理学者の斉躍(チー・ユエ)の享禄を得て計画をしている、鋼鉄人への奇襲だ。鋼鉄人が拠点としている月を、宇宙エレベーターの振動を利用して爆破するのである。宇宙エレベーターを長大な弦とみなすアイデアは、宮内悠介「ホテル・アースポート」(アンソロジー『Genesis 一万年の午後』所収)と共通する。

 キリマンジャロの麓の草原----そこは人類の発祥地でもある----の演奏会場で、オーケストラの演奏をおこない、その音響で宇宙エレベーターを共振させる。このイメージが素晴らしい。いっぽう、物語のレベルでは、圧倒的支配者に抗するレジスタンスがあり、芸術のため、あるいは個人の幸福のためならば、鋼鉄人に従うのが理に適っているのではという葛藤がある。語り手の陳君と、彼の妻でヴァイオリニストとして傑出した才能を持っている阿玖(ア・ジウ)とのやりとりが胸に沁みる。

 阿玖の側から陳君との関係、鋼鉄人支配下の生活を描いた姉妹篇が「繁華を慕って」である。彼女はいくたびの挫折を経て、チャンスを掴んだ。そこに鋼鉄人が関わっている。いま、愛する陳君と離れロンドンで成功を収めているが、しかし、それが正当な選択だったのか自信が持てない。

 阿玖はこう考える。

 男の人は自分の好きなことの中で生きているけれど、女は他人の目の中に生きているのよ。

 もちろん、作中人物と作者とを同一視はできない。しかし、これ以上はないほどの華やかな経歴を持つ?景芳が(「さえも」というべきか)、このような女性の心境を描いているのを見ると、複雑な思いを抱かずにはいられない。

(牧眞司)

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