【今週はこれを読め! SF編】安定感のある古典と一筋縄ではいかない問題作

【今週はこれを読め! SF編】安定感のある古典と一筋縄ではいかない問題作

『伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触 (ハヤカワ文庫SF)』マレイ・ラインスター,ジョン・ウインダム,ジェイムズ・ブリッシュ,フィリップ・ホセ・ファーマー,ジェイムズ・ホワイト,デーモン・ナイト,ポール・アンダースン 早川書房

 2016年に刊行された『ボロゴーヴはミムジイ』につづく、伊藤典夫翻訳SF傑作選の第二弾。前巻が時間・次元テーマの作品を集めていたのに対し、本巻は宇宙SFを集めている。

 収録作品はもともと〈SFマガジン〉に訳されたものだ。伊藤さんにとって同誌はホームグラウンドであり、編集部から依頼のあったものを翻訳するのではなく、伊藤さんが英米のSF出版(雑誌も単行本も)を渉猟し、これぞと見定めた作品を編集部に伝えていた。SF読者のあいだで伊藤さんが崇敬されるのは、もちろん達意の訳文もあるけれど、「このひとが選んだ作品なら間違いはない」という圧倒的な信頼感ゆえだ。

 もっとも、ジャンルSFは時代の流れで古びることがなかば宿命であり、過去に読んだときの衝撃や感動が、いまも変わらずに感じられるかという危惧はある。作品の構成や表現性については他の文芸と同様、作者の個性や器量によるので、時代を経て損なわれることはない。しかし、SFのアイデアやテーマはジャンルのなかで共有され再生産・洗練されていく部分が大きく、その点において、古い作品は発表時の新鮮さをそのまま保つことは難しい。

 本書収録作では、表題にもなっているマレイ・ラインスター「最初の接触」がその好例だろう。人類が地球外の知性体との初遭遇を扱ったファーストコンタクト・テーマのあまりに有名な古典(1945年発表)であり、のちの作品で同様のシチュエーションを扱うときは、この作品を意識せざるを得ない。

 ラインスター作品では、人類の宇宙船がカニ星雲の外縁部で、異星からきた漆黒の宇宙船と出会う。互いに相手が友好的か好戦的か判断できず、膠着状態に陥る。なにより避けなければならないのは、追跡されて母星の位置を特定されることだ。むこうの出方がどうであろうがかまわずに、相手の宇宙船を破壊しまえば手っ取り早いのだが、それでは貴重な交易や文化交流の機会を潰してしまう。このジレンマをどう解決するか......。

 正直に言ってしまえば、異種知性とのコンタクトというテーマにおいては、この作品はすでに時代遅れになっている。現代の読者はすでにスタニスワフ・レムやピーター・ワッツといった、本当の意味での「異種」知性を扱ったSFを知っているからだ。ラインスターの異星人は、地球人が着ぐるみを纏っているようなものである。

 ただし、それは「最初の接触」という作品の価値を全否定することにはならない。この作品の妙味は、相手がどう出るかわからない局面で最善の選択をおこなうゲーム的ロジックと、そうした大きな状況とは別に、コンタクトを担う個人の情緒的な部分にある。地球宇宙船側はトミイ・ドートという乗員が相手と通信する担当者で、異星宇宙船側にも同様の担当者バック(実際の名前は発音できないので仮にバックと呼んでいる)がいて、やりとりするなかで好感が育っていく。

 トミイは船長へのコンタクト経過報告のなかで、次のように主張する。

「彼らの言葉には皮肉があったような気がします。となれば、ユーモアだってあっていいはずです。結論として、付きあいやすい相手だと思いますね」

 トミイが言ったユーモアがこの作品の締めくくりにも生かされていて、ファーストコンタクト・テーマの可能性というのとは別に、なかなか読み味の良い作品に仕上がっている。

 そういう意味で、肩肘張らずに読める作品がほとんどだ。センス・オブ・ワンダーよりも、約束された安心感とでもいうか。

 ジョン・ウインダム「生存者」は宇宙で立ち往生し、食料が乏しい状況でのスリラー。ジェイムズ・ホワイト「宇宙病院」は、恐竜タイプの異星生命とそれに付きそうテレパシー能力のある小型異星人ドクターに、人間の担当者が振りまわされる。デーモン・ナイト「楽園への切符」は、火星で見つかった星間輸送システム(ただし行く先は選べず、後戻りもできない)をめぐる物語。ポール・アンダースン「救いの手」は、対立するふたつの惑星があり、いっぽうは地球に援助を請って経済繁栄を達成し、もういっぽうは援助が得られずに苦しい生活を余儀なくされる。しかし、それは表面上であって......という、アンダースンらしい文明観が横溢した作品。

 これら安定感抜群の作品にまじって一筋縄ではいかない作品が入っているところが、さすが伊藤さん、そして編者の高橋良平さんだ。

 ジェイムズ・ブリッシュ「コモン・タイム」は、光速を突破した宇宙船内での時間のふるまいを描く。機械論的な時間論でなく、人間性とつながった独自の時間論が展開されるのだが、何度読んでもよくわからない。バリントン・J・ベイリーを先取りしているようでもある。

 フィリップ・ホセ・ファーマー「キャプテンの娘」は、異星生物学のアイデアを核にしたミステリ。背景に特殊な宗教文化があること、生々しい性がテーマになっていることが目を引く。こんにち読むとタブーブレイキングの衝撃度こそ薄れているものの、生物学的メカニズムの奇怪さと、登場人物が抱える情念や衝動がないまぜになって醸しだされる雰囲気がファーマー一流だ。まさに異能作家と呼ぶにふさわしい。このアンソロジー収録作のなかで随一の傑作。

(牧眞司)

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