【今週はこれを読め! SF編】新たな壮途へ乗りだした年刊日本SF傑作選

【今週はこれを読め! SF編】新たな壮途へ乗りだした年刊日本SF傑作選

『べストSF2020 (竹書房文庫 お 6-1)』大森 望,石川宗生,空木春宵,円城塔,オキシタケヒコ,片瀬二郎,岸本佐知子,草上仁,草野原々,高山羽根子,飛浩隆,陸秋槎,稲村文吾,Kotakan 竹書房

 創元SF文庫で十二年つづいた《年刊日本SF傑作選》を後継するアンソロジー・シリーズ。版元を移した経緯や、編者が大森望・日下三蔵のタッグチームから大森ソロへ変わったことなど「序」で語られているが、支障なく友好的に運んだようだ。まずは欣快。

 本書に収録されているのは、2019年に発表された短篇SFのなかから選びぬかれた十一作。

 トップバッターの円城塔「歌束」は、和歌を湯に溶かし、ほぐれた文字を再構成する風流な遊びをめぐる言語実験小説である。澄ました顔で論理与太話(微に入り細に入りのもっともらしい講釈)を仕立てるスタイルが、いつもながらお見事。

 対して、巻末を締めくくる飛浩隆「鎭子」は、メインプロットだけに注目すればまったくSFの要素はない。身体的事情で子をつくらない選択をした主人公・鎭子(しづこ)と、彼女に惹かれている(らしい)男との、奇妙な交際が綴られる。ただ、鎭子が幼いころから膨らませてきた脳内イメージが、シュールな架空世界――飛浩隆の代表短篇「海の指」(短篇集『自生の夢』所収)そのままの情景――なのだ。メインプロットと脳内イメージとは直接の関連はないが、意識の底でつながっている。

 円城作品と飛作品が、このアンソロジーの射程範囲を示しているようだ。日本SFはこれだけの広がりがある。ちなみに「歌束」の初出は〈新潮〉、「鎭子」は〈文藝〉、ともに純文学雑誌だ。

 石川宗生「恥辱」は〈小説すばる〉のウエブサイトが初出で、その後、長篇『ホテル・アルカディア』に組みこまれた。ノアの方舟の伝説を、取り残される存在の視点で描いたブラックな掌篇である。オラシオ・キローガやレオポルド・ルゴーネスなど、ボルヘス以前の南米幻想小説に似た雰囲気がある。

 いっぽう、SF専門誌〈SFマガジン〉からは、片瀬二郎「ミサイルマン」が採られている。その題名どおりの人間兵器が題材だ。強権的な小国家から日本へ出稼ぎに来て労働搾取されている男の運命――と要約するとシビアだが、兵器役の当人の感情はないも同然で、彼を雇っているブラック企業の担当者(自分勝手なオヤジ)の観点から、急速に壊れゆく日常をスラップスティックに描く。

 草上仁「トビンメの木陰」は、短篇集『五分間SF』(ハヤカワ文庫JA)に書き下ろされた作品。農業惑星の片隅から身を起こし、銀河系の歴史に名を残す覇王となったビョートル竜帝の来歴がテンポ良く語られる。彼を駆りたてたものは何か......皮肉なオチが印象的で、ロバート・シェクリイやウィリアム・テンの短篇のようだ。

 さて、現代日本SFにおいて短篇発表の場として重要性を増しているのが、オリジナル・アンソロジーである。本書収録作では――

 オキシタケヒコ「平林君と魚の裔」←『宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー』(創元SF文庫)
 空木春宵「地獄を縫い取る」←『Genesis 白昼夢通信 創元日本SFアンソロジー2』(東京創元社)
 高山羽根子「あざらしが丘」←『NOVA 2019年 秋号』(河出文庫)
 陸秋槎/稲村文吾訳「色のない緑」←『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(ハヤカワ文庫JA)

 と、じつに四篇がオリジナル・アンソロジーから採られている。

 前三篇はそれぞれ初出時に、この欄でも取りあげた。改めて簡単にふれると、「平林君と魚の裔」は銀河系の知的種族のヒエラルキー構造を扱ったユーモアSF、「地獄を縫い取る」は性的蹂躙のために開発されたAIを室町時代の遊女、地獄太夫にオーバーラップさせた問題作、「あざらしが丘」は捕鯨アイドル・ユニットのパフォーマンスを描く架空ルポ。

「色のない緑」は、翻訳システムが急速に発展しつつある近未来(テキスト→画像翻訳も実用化している)にあって、翻訳不能性の原理を追究した研究家モニカ・ブリテンの物語。モニカの自死を起点にして、彼女がたどってきた軌跡と自死の背景を、学生時代からの友人ふたりがたどる形式で語られる。タイトルは、生成言語学の端緒を開いたチョムスキーが例にあげた文「色のない緑の考えは猛烈に眠る(Colorless green ideas sleep furiously)」に由来する。文法的には整合しているが意味論的に成立しない文章であり、AIによる翻訳は本質的にその判別がつかない。しかし、その「本質」とは何か――という問いが、この作品の通奏低音である。言語学や数論のジャーゴンを巧みに駆使しながら、アイロニカルに人間性のありようにアプローチした傑作。

 岸本佐知子「年金生活」は、西崎憲プロデュースの文芸アンソロジー『kaze no tanbun 特別ではない一日』が初出。日本がなしくずしに崩壊したあとを舞台にした奇想小説である。行政も社会インフラも機能停止し、もちろん社会保障もない、しかし、それなりに平穏な生活を送っている老夫婦のもとへ、政府(そんなものがまだあったのが驚きだが)からあるものが届く。あからさまなディストピアではないが、じんわり怖い。

 草野原々「断Φ圧縮」は、ゲンロン大森望SF創作講座から発足した同人誌〈SCI-FIRE〉に発表されたもの。意識を熱力学のアナロジーで扱い、メタ宇宙的スケールでエスカレートさせていく。論理与太話という点では円城作品に通じるものがあるが、こちらは嬉しそうに悪ノリしているのがご愛敬。

 巻末には「二〇一九年の日本SF概況」と「短編SF推薦作リスト」があり、至れり尽くせりの構成である。また、「編集後記」では早川書房がすっかりワルモノになっていて笑う(あっ、冗談なので心配なさらぬよう)。なるほどね、そういう楽屋裏があったのですな。

(牧眞司)

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