ガイドブックに載らない裏歴史!? ハマっ子に愛された老娼婦・メリーさんの生き様

ガイドブックに載らない裏歴史!? ハマっ子に愛された老娼婦・メリーさんの生き様

『ヨコハマメリー:かつて白化粧の老娼婦がいた』中村高寛 河出書房新社

港町として古くから栄え、さまざまな文化の発祥の地にもなった横浜。「山下公園」や「横浜みなとみらい21」など名所も多く、関東圏でも屈指の人気を誇る観光スポットだ。とはいえガイドマップなどで目にする情報は、横浜という街の表面上をなぞっているに過ぎないのではないだろうか。

たとえば曙町や黄金町は、風俗街として発展したディープな歴史を持つ。そんな横浜で都市伝説のように語り継がれる「老娼婦」にスポットを当てたのが、今回紹介する中村高寛氏の『ヨコハマメリー:かつて白化粧の老娼婦がいた』(河出書房新社)。「ヨコハマの町」が変遷していく情景とともに、周囲に生きる人々の目線を通して「ハマのメリーさん」を紐解くドキュメントになっている。

何よりもまず目を引くのは、表紙に掲載されたメリーさんの姿だろう。歌舞伎役者のように素顔を隠した白い化粧、富裕層を思わせるドレス、小柄で華奢な姿。娼婦と聞けば艶やかな女性を思い浮かべるかもしれないが、そのイメージを崩すには十分なインパクトを備えている。中学時代に初めてメリーさんを目撃した中村氏も、以下のように振り返った。

「最初は『ナニモノ』かわからず、ずっと見ていると、かすかに動いた。

その衝撃はいまだに忘れられない。実際、化け物のようだと思った。容姿だけでなく、雰囲気そのものが妖気を感じさせたからだ」(本書より)

時を経て中村氏は偶然にも、テレクラの一室という思わぬ場所でメリーさんの名前を聞く。電話越しの女性いわく、最近メリーさんを見かけなくなったという。そんな些細なやりとりが、伝説的存在・メリーさんの正体を探るきっかけとなったようだ。

メリーさんをめぐって中村氏がアプローチしたのは、1990年代に1年ほどかけてメリーさんを撮影した森日出夫氏。同書に掲載された写真ではメリーさんが市民と交流する場面や、秋祭りで賑わう通りを見つめる様子が捉えられている。その姿は表紙と同様の出で立ちで、メリーさんを知らなければ娼婦だとは気づかないのではないか。森氏もまた、メリーさんの印象を次のように話した。

「メリーさんって町の風景なんだよね。僕はずっと風景を撮っているんだけど、メリーさんは町の一部なんだって思いがあったの。町のシンボルってあるじゃない。町のどこどこに大きな木があって、その木を皆が知っていて、それによって町が形作られている」(本書より)

同書では「ヨコハマの娼婦たち」がたどった足跡に迫ると同時に、驚異的な発展を遂げた横浜の近代史・現代史を紹介した内容になっている。中でも娼婦たちにとってターニングポイントとなったのが、高度成長期以降における横浜の開発。1978年に伊勢佐木通りがモール化されたことで娼婦は客引きの場を失い、仕事をなくしていったのだ。

町の噂によれば、「ホームレスと同じ」だと囁かれていたメリーさん。一方で彼女を気にかける紳士も多く、シャンソン歌手・永登元次郎氏もそのひとり。メリーさんの生活が少しでも楽になるよう会うたびにポケットマネーを渡していたが、メリーさんの対応も人柄が表れたものだと言える。

「裸じゃ受け取らないんですよね、ほんと気位が高いんです。で、ちゃんと祝儀袋に入れましてね、お花束って書いて」(本書より)

1990年代、メリーさんは娼婦として仕事は多くなかったとされている。それでも彼女は紳士たちから愛され、時には世間話をしてホテル代を置いて帰っていく客もいたようだ。

「メリーさんに一晩、ベッドで安眠してほしいという紳士の心遣いだった。元次郎氏だけではない、ハマっ子たちに、メリーさんは支えられていた側面もあった」(本書より)

メリーさんがヨコハマの街角から姿を消したのは1995年前後のこと。定住地を持たないメリーさんは、街の発展とともに居場所を追いやられてしまったことになる。傍から見れば有名人であっても、娼婦という肩書があっては仕方のないことかもしれない。

なお中村氏はドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」を監督しており、2006年に公開されてヒットを記録。同書は映画のメイキング的な側面を備えているので、併せてチェックすれば「ハマのメリーさん」という存在がよりリアルに感じられるはずだ。

ヨコハマという街に限らず、物事を発展させるために何かを失うことも多い。目の前にあるものを当たり前のように表面上だけ見るのではなく、その歴史を振り返ってみる時間も有意義なのではないだろうか。

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