【今週はこれを読め! ミステリー編】ますます快調ホロヴィッツの犯人当てミステリ『その裁きは死』

【今週はこれを読め! ミステリー編】ますます快調ホロヴィッツの犯人当てミステリ『その裁きは死』

『その裁きは死 (創元推理文庫)』アンソニー・ホロヴィッツ,山田 蘭 東京創元社

 アンソニー・ホロヴィッツは期待を裏切らない。

 二〇一八年に邦訳された『カササギ殺人事件』、二〇一九年の『メインテーマは殺人』と、ホロヴィッツ作品は毎年恒例の諸ランキング上位を独占し続けている。読者の期待を決して裏切らないのだから仕方ない。犯人当てを主眼とした謎解き小説を一冊だけ読みたいという人がいたら、やはり今月は『その裁きは死』(創元推理文庫)を選ぶしかないだろう。

『その裁きは死』は『メインテーマは殺人』に続く、元刑事の諮問探偵ダニエル・ホーソーンと、彼の記録係を務める作家アンソニー・ホロヴィッツのコンビが活躍するシリーズの第二作だ。前作を未読の方でもまったく問題なく楽しめるので、気になるのであればすぐ手に取るべきだ。基本設定を説明しておくと、ホーソーンとホロヴィッツのコンビはシャーロック・ホームズとジョン・ワトスンの本歌取りを企図した主人公である。

 ホームズ譚の正典は、ワトスン博士がホームズの功績を記録した手稿が出版されたという設定になっているのだが、本シリーズではホーソーンが面識のあったホロヴィッツに自分の語り部になれ、と持ち掛けたことになっている。ホームズとワトスンは確固とした友情で結ばれた間柄なのだが、こちらの二人は信頼関係もまだ覚束ないというのがおもしろいところである。前作では、自分が取り調べをしているときには余計な口を挟むな、と探偵からきつい叱責を受け、ホロヴィッツは大いに自尊心を傷つけられた。それがよほど応えたのか本作でも作家の腰は引けていて、ホーソーンに不審がられるのである。さらにコンビが空中分解しそうになる場面まであり、この先大丈夫なのか、と心配させられる。何しろ作者は十作までは書くと宣言しているのだから。

 そうした不安定な間柄に主人公たちを設定したのは、言うまでもなく読者の関心を惹きつけるための技巧である。作者自身を狂言回しに使うことで、なんらかの本音かメッセージが作中に隠されているのではないかと、ゴシップ好きの食指を動かさせる仕掛けまで施されている。いや、達者だ。

『メインテーマは殺人』で扱われたのは、自分の葬儀の手配を済ませた女性がその夜本当に殺されてしまうという心惹かれる事件であった。本書で描かれる殺人事件の被害者は、リチャード・プライスという離婚専門の弁護士である。彼はエイドリアン・ロックウッドという不動産開発業者の依頼を手がけていた。そのために恨まれたのか、離婚訴訟の相手であるアキラ・アンノという作家に公衆の面前でワインを浴びせられ、壜で殴り殺すとも受け止められる脅迫言をつきつけられていたのである。果たしてプライス殺害に使われたのはワインの壜であった。アキラ・アンノの怒りが殺意に転じたものか。

 殺人現場に遺された「182」というメッセージなど、パズルの駒としては使いにくい不可解な手がかりが多数呈示される。調べているうちに関係者の不名誉な過去が判明し、離婚訴訟絡みの怨恨以外にも動機がある可能性が浮上してくる。事件を複線化することで容疑者の数を増やす技巧は前作でも使われていたものである。作中で使われている要素を比べていくと、『メインテーマは殺人』と共通する部分が多いことがわかる。だからといって犯人を類推できるほど謎解きは容易ではないのだが。

 これはつまり、犯人当ての図式をホロヴィッツが自家薬籠中のものにしているということだ。似たようなプロットを使って謎解きを量産できる、と言い換えてもいい。真相がいきなり突きつけられるのではなく、いくつかある謎が段階を経て順々に解かれる構成になっているのが前作にはなかった要素か。

 ネタばらしにならないよう曖昧に書くが、あることについて腑に落ちない印象をずっと持たれる読者は多いと思う。そのもやもやの原因が何であったかがわかると、真相が一気に近くなるのである。ホロヴィッツはアガサ・クリスティー式の、人間観察に基づく謎の設定が巧い作者だ。たとえばクリスティーが連作短篇集『火曜クラブ』で開陳したのは、ミス・マープルが容疑者の行動を自分の知己のそれと比較し、心理を言い当てるというタイプの推理である。パターン認識型とでも言うべきか、〇〇という場面で人はどんな行動をするか、という問いによって真相に近づいていく推理なのだ。『その裁きは死』ではこれが効果的に使用される。描かれるのは日常に根差したごく普通の心理であるだけに、うっかり見逃すと真相を明かされたときの驚きも大きい。

 ホームズ&ワトスンの鋳型から出てきた探偵コンビであることは上にも書いた。おもしろいことに、ホームズ要素は前作よりも強化されている。ホーソーンに半ば強制されるようにしてホロヴィッツが『緋色の研究』の読書会に出席することになるのはその一つ。他にもいろいろあるので、正典ファンの方は注意して読まれることをお薦めする。

 ホーソーンの私生活には不明な点が多く、謎めいた人物である。実はプラモデル作りが趣味らしいとか、前作でも少し明らかになったことはあるのだが、今回もそれほど情報は与えられず、却って疑問は増えた。もうちょっと教えてくださいよ、と思う読者は多いだろう。しかし二〇二一年に次回翻訳されるのは本作ではなく『カササギ殺人事件』の続篇であるという。じらすよねえ。前のめりになるほど待ち遠しくなったころに出るであろう第三作に今から期待する。前のめりになりすぎてすっ転ぶ前にぜひ。

(杉江松恋)

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