【今週はこれを読め! SF編】21世紀最初の十年紀を飾った注目のSF短篇を収めたアンソロジー

 待望の2000年代傑作選である。十年ごとに区切ってのSF傑作選(英語で発表された作品を対象としたもの)は、中村融・山岸真編『20世紀SF』1〜6(1940年代から90年代)、小川隆・山岸真編『80年代SF傑作選』、山岸真編『90年代SF傑作選』があり、本書はそれらを踏まえての企画である。

 収録された九篇のうち、もっとも2000年代――20世紀でもなく2010年代でもないゼロ年代――らしさを感じたのは、コリイ・ドクトロウ「シスアドが世界を支配するとき」だ。同時多発テロによって世界のあらゆる機能が麻痺し、状況把握さえ不可能ななか、生き延びたIT技術者たちがかろうじて手配できる情報リソースで連絡を取りあい、秩序回復のための努力をつづける。サイバーテロの手口、断裂したネットワークに残った通信可能帯の発見など、臨場感のあるディテールが読みどころ。この作品で描かれる自発的・互恵的なハッカー文化は、藤井太洋作品(『オービタル・クラウド』など)にも共通する。

 ダリル・グレゴリイ「第二人称現在形」は、ドラッグの作用で、同じ身体のまま自我がまったく入れ替わった、十七歳のわたしの物語。わたしにとって過去の自分(テレーゼという名だ)は他人だが、両親やカウンセラーはテレーゼを取り戻そうとする。意識と身体を扱ったSFと言えばテッド・チャンや伴名練が思い浮かぶが、グレゴリイ作品はそこまで先鋭的ではなく、自分の枠に子を収めようとする親と無理解な世間への反抗と読むことができる。

 チャールズ・ストロス「コールダー・ウォー」は、アメリカ・ソ連の対立が激化し、最終戦争へと傾斜していく世界で展開されるクトゥルー神話のパスティーシュSFだ。いかなる兵器よりも強力な「門の向こうの未踏のひろがり」。それは、ニクソンに有人宇宙飛行計画を断念させ、ジミー・カーターを背信行為に向かわせ、リンドン・B・ジョンソンをアル中にした。

 ハンヌ・ライアニエミ「懐かしき主人の声」は、サイバーパンクの意匠で描いた忠犬の物語。ご主人を取り戻すため、相棒の猫とともに大掛かりな作戦を繰り広げる。キャラクターがくっきりと立って、じつにエモーショナルな物語。

 数理が実体的に世界に影響する作品が三篇。

 エレン・クレイジャズ「ミセス・ゼノンのパラドックス」は、ケーキを分けあうだけののどかな光景が、無限分割へとエスカレートし、あげく量子論・宇宙論的な領域へ突入する。

 N・K・ジェミシン「可能性はゼロじゃない」は、何万回に一回、何億回に一回のはずのできごとが頻発する「統計的に偏った現象」に見舞われたニューヨーク市の物語。奇跡的幸運も非合理な不運も、ごく普通の日常になったとき、ひとびとはどう振る舞うか?

 グレッグ・イーガン「暗黒整数」は、『90年代SF傑作選』に採られた「ルミナス」の続篇で、ふたつの平行宇宙が数学定理の領土(証明されるまで真理と確定しない領域)をめぐって争っている。イーガンらしい奇想だが、概念的な宇宙のことと思いきや、物理的ダメージとして効いてくるところが凄い。触知不能と思われていた敵側の物理空間を、天才的な数理処理によって走査する、喩えて言えば潜水艦ゲームのメタフィジカル版が繰り広げられる。滅ぼすか滅ぼされるかというギリギリの事態になったところで、急展開の「解法」にたどりつくところが、劉慈欣『三体U 黒暗森林』の結末に似ている。

 その劉慈欣の作品もこのアンソロジーに収録されている。労働集約型の産業である炭鉱を新発想のテクノロジーで革新するプロジェクト、その困難と希望を描いた「地火(じか)」である。この作品は英訳もされているが、初出は中国のSF雑誌〈科幻世界〉だ。これからの時代、海外SF傑作選を編むとき、英語圏以外の作品を視野に含めずにはいられないだろう。

 このアンソロジーの巻末を飾るのが、レナルズ「ジーマ・ブルー」。人類が宇宙に広がり、長い寿命を獲得した未来、多くのひとが自分の記憶と判断をAM(記憶助手)なるシステムに委ねている。語り手である美術ジャーナリスト、キャリー・クレイもその例に漏れない。彼女はいま、全宇宙が注目するアーティスト、ジーマの取材に赴こうしている。ジーマはこれまで一回もインタビューに応じたことがなかったが、最後の作品を発表する直前、キャリーだけ特別に邸宅へ呼んだのだ。作品を特徴づける特別な青「ジーマ・ブルー」、その秘密がジーマの来歴とともに明かされる。美術を題材にしたSFはこれまでも書かれてきたが、本作が出色なのは記憶というテーマと結びつけた点だ。ジーマとキャリーのあいだで交わされる会話は哲学的なものだが、物語全体はきわめて叙情的で繊細な階調で仕上がっている。まぎれもない傑作。

(牧眞司)

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