遠くが見えやすく、近くが見えにくくなる?宇宙飛行士特有の目の病気

遠くが見えやすく、近くが見えにくくなる?宇宙飛行士特有の目の病気

遠くが見えやすく、近くが見えにくくなる?宇宙飛行士特有の目の病気の画像

人類が初めて宇宙空間を旅してから、今年で55年です。「火星や月に旅行できる日も、そう遠くないかもしれない」……今や、そんなふうにいわれる時代になりました。


けれども、人間が宇宙に長時間滞在するためには、まだまだたくさんの課題があります。その1つが、「目」の問題です。

今回は、宇宙飛行士に特有の目の病気「VIIP」の謎に迫ります!


宇宙では「近く」が見えにくくなる?

宇宙での視力変化に注目が集まったのは、2011年のこと。アメリカの研究者やNASAの元宇宙飛行士らによって発表された論文がきっかけでした。


この論文によると、宇宙飛行士300人へのアンケートの結果、「近くの見え方が悪くなっている」と回答した宇宙飛行士が全体の約半数を占めていました。具体的には、ただの視力低下ではなく、多くの宇宙飛行士が「遠くが見えやすく、近くが見えにくくなる」と報告しているそうです。


それまで宇宙医学の研究者たちは、宇宙へ行っても目にはあまり影響がないと考えていたので、この報告におどろきました。そして、各国でさまざまな研究がスタートしたのです。



宇宙空間ではなぜ視力が変化するのか?

2011年の論文では、宇宙空間での視力変化をさらに詳しく調べたところ、視神経の部分的な腫れ(視神経乳頭浮腫)、眼球が凸凹になっている状態、脈絡膜(みゃくらくまく:網膜の下の部分)にしわができた状態、白いもやが目の中に見える……など、さまざまな症状が見つかったそうです。


そして、こうした症状があった人たちの中には、脳内の圧力が高い人がいることもわかりました。

このような症状の原因には諸説ありますが、可能性が高いのは、宇宙到着直後の「体液シフト」です。

宇宙の無重力状態では、体液が頭のほうに集まってきます。これが「体液シフト」です。


このとき、目にも体液が集まりますが、特に血管が豊富な脈絡膜の厚みが増します。すると、網膜が前に押されます。そのため焦点が遠くに合いやすくなり、近くが見えにくくなるのです。



VIIPとはどんな病気なのか

脈絡膜が厚くなる現象は、宇宙に長く滞在するとしだいにおさまってきます。次におこるのは、視神経の変化だと考えられています。


具体的には、体液シフトで目のほうにも体液が集まり、視神経の束が眼球の後ろの壁を押すために、壁が前に移動します。すると本来は丸い眼球の後ろの部分が扁平になってしまい、前に出てきてしまうのです。

こうした頭の中の圧力変化による症状を、NASAはVIIP(Visual impairment intracranial pressure syndrome:視覚障害頭蓋内圧症候群)と名づけました。



VIIPは宇宙でしかおこらない?

VIIPは、宇宙でしか発症しない病気なのでしょうか?

実は、地球上にもVIIPに似た症状はあります。最も近いのは特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)です。


IIHを発症すると、頭の中の圧力が上がり、VIIPのように視力の低下がおきます。また、「うっ血乳頭」という症状は、VIIPのように視神経が腫れ上がります。


けれども、どちらもVIIPと全く同じ症状ではありません。

たとえばIIHの場合、VIIPにはない吐き気やめまいなどのさまざまな症状がみられます。また、うっ血乳頭には薬物治療が有効ですが、VIIPには効果がありません。



宇宙の現場でしかわからないこと

VIIPが発症する原因は、未だ解明されていません。

体液シフトについては、地上で被験者の頭を少し下げて横たわらせた状態でのシミュレーション実験がおこなわれています。

これは一定の成果があるものの、地上の重力が影響していたり、宇宙飛行士と同じように長時間この状態をキープすることが難しかったりするため、宇宙と同じ状況とはいいがたいのが現状です。


また、頭の中の圧力測定についても、各国の研究者たちが試行錯誤しています。

NASAのチームは、宇宙飛行士の頭蓋内に計測機器をインプラントする、という方法を提案しています。2015年に公表された研究では、実際に頭にインプラントをおこなった被験者に25秒間の無重力状態を体験させ、頭の中の圧力を測定しました。


この実験では「無重力時に頭の中の圧力が低下する」という結果が得られました。けれどもこれは想定とは真逆の結果で、VIIPの謎がより一層深まる結果となりました。


日本では、超音波エコーで頭の中の血流を測定し圧力を推定するという方法などがおこなわれています。

VIIPは、人間が宇宙空間に長期滞在するようになって初めて知られた病気です。今日も世界中の研究者が、独自の観点からさまざまな可能性を探っています。


このまま研究がすすんだら、いつかは私たちの「目」も宇宙に適応する日がくるのでしょうか?これからの人類の未来を考える、ひとつのきっかけになりそうですね。


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