ウーマノミクスは近江商人に学べ!官僚のみなさんに教えたいちょっとためになる話

ウーマノミクスは近江商人に学べ!官僚のみなさんに教えたいちょっとためになる話

@DIME アットダイム

 “女性の活躍推進”や“企業の社会的責任(CSR)”は、今多くの企業にとって重要課題となっている。「このような綺麗事を真面目に追及すると、利益を圧迫するのではないか」という意見もあるが、利益を圧迫どころかむしろ拡大させ、ひいては“持続可能な企業づくり”に繋がると考えたのが実は、「近江商人」だった。

 「近江商人」とは、中世以降に活躍した滋賀県を拠点とする商人集団。隊商を組み、トレードマークの天秤棒を担いで全国各地に商品を売りに行くという行商スタイルが特徴だった。近江商人をルーツとする企業リストには、高島屋、伊藤忠、大丸、ワコールなどの、そうそうたる一流企業が名を連ねる。

 大坂商人・伊勢商人と並んで日本三大商人と呼ばれるほど成功した近江商人は、他の地域の人々から「近江どろぼう」「近江商人が通った後にはぺんぺん草も生えない(それほど貪欲ということ)」と悪口を言われることもあったが、その経営方針は誠実そのものだった。

 とりわけ、“世の中への貢献”(CSR)を重要視しており、また女性たちも重要な役職について活躍していた。

では、具体的にどのように実践していたのだろうか?

■「目指せ即戦力!」女性は結婚前から店に働きに行き、実地で学んでいた

 上で述べたとおり、近江商人は行商スタイルが特徴。重い天秤棒を担いで徒歩で山を越える行商は、体力勝負で危険な仕事だったため、主に男性が担当していた。

 近江商人の妻たちは、男性陣が不在の間はカフェで優雅にランチ……ではなく、店の切り盛りで大忙しだった。つまり、店にやってくる取引先や顧客の応対、帳簿・金庫管理、購買、“近江商人のたまご”である丁稚の男の子の面接・教育・配属などを行っていたのだ。現代の企業でいえば、総務・人事・経理・財務などの仕事を女性が責任者として引き受けていたことになる。

 近江商人の妻たちは、即戦力になれるよう結婚前の段階から必要なスキルを身につけていた。嫁入り前の娘たちは、寺子屋で読み書きそろばん、一般教養などを学んだ後、商人の店で見習いとして働き実地でスキルを習得。教えてくれるのは、前述の“奥さん”だ。

 じゃあ、子守りや家事は誰が……?という疑問が浮かんでくるが、どうやら店で働いている少年少女が仕事の一環として手伝っていたようだ。現代では児童労働は問題視されているため、そのまま真似するわけにもいかないが、近江商人の“働くママ”が家事や育児において積極的に人の手を借りて乗り切っていたことも心に留めておきたい。

 このようにして、優秀な“働く女性”が結婚前後問わず店を支えていたので、近江商人は安心して店を任せつつ他国での行商に集中でき、事業を発展させることができたとされている。働く女性や働くママは、事業発展の邪魔でも足かせでもなかったようだ。

■“三方よし”じゃないとビジネスは長く続かない!CSRは企業発展に必要不可欠

 “企業の社会的責任(CSR)”をきちんと果たしている企業は持続的に成長する可能性が高いという考え方に基づく社会的責任投資(SRI)と呼ばれる投資スタイルも、少しずつ主流になりつつあるようだ。

 近江商人は、はるか昔から、“世の中への貢献”こそが事業発展のために最も重要だと考えてきた。「利益追求のついでに、社会に向けて一応“善良アピール”しておきますかね」という“オマケ的”なものではなく、人目があろうとなかろうと、常に最優先事項だった。このような考え方は、“三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)”や“陰徳善事”などの経営理念にあらわれている。

 誰もが知る有名企業で、最近も派手に事業拡大していて、新商品の売れ行きも好調で、財務諸表上の数字も一見バッチリいい感じ。……でも実は、華やかな業績のかげでは、新興国の工場で貧しい少年少女を安い賃金で奴隷のように酷使していたり、未来ある若者を劣悪な労働条件で使い捨てにしたり、環境汚染をしたりと、社会全体には悪影響を及ぼしている企業も存在する。

 このような企業は、売り手と買い手にとってはメリットがあるのかもしれないが、下請け企業や自社従業員、地域の自然環境などを含む“世の中全体”には害悪でしかない。事業歴が長くなればなるほど、規模が大きくなればなるほど、そのビジネスの陰で涙を流し、深い恨みを持つ人が増える。その後は、言わずもがな。
 
一見盤石そうに見えても、ある日突然バターンと倒れた大企業の例は、これまでにも国内外で数え切れないほど存在する。“三方よし”や“陰徳善事”を忠実に守ってきた近江商人が築いた多くの企業が2016年の現在まで生き残っているという事実が、このような考え方が綺麗事ではないことを証明しているのではないだろうか。

文/吉野潤子

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