創価学会を除名された野原善正氏が明かす 長く閉ざされてきた選挙運動の壮絶実態

創価学会を除名された野原善正氏が明かす 長く閉ざされてきた選挙運動の壮絶実態

野原善正氏(C)日刊ゲンダイ

【注目の人 直撃インタビュー】

 野原善正(元創価学会員)

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「ポスト菅」を決める自民党総裁選の先には衆院選が控えている。各党、既に臨戦態勢だが、ここへきて所属議員の事務所に検察の捜査が入るなど、不祥事が目立つのが公明党だ。支持母体の創価学会員はどう支援するのか。学会員でありながら、2019年参院選で「れいわ新選組」から出馬し、公明党を鋭く批判していたのが野原善正氏。今年1月に除名されるまで、40年近く現場で選挙運動を続けてきた。その閉ざされた実態を語る。

■「会の秩序を乱す」と突然の除名通知

 ――創価学会に入信したのは1984年。37年も経った今年、除名されるとは、何があったのですか。

 学会から届いた通知書には、除名の理由として、SNSなどでの私の批判的発言が「会の秩序を乱す行為」と記されていました。ただ、私は2年前に「れいわ新選組」から参院選に出馬した際、公明党、学会批判を前面に打ち出しましたから、この時の一件が除名の最大の原因だったのでしょう。長年、組織の中で筋を通して活動してきたのに、恩を仇で返されたような思いでした。

 ――なぜ、「れいわ」から出馬したのですか。

 選挙前に、都内の友人から「れいわの関係者に携帯番号を教えていい?」と連絡があり、承諾しました。18年の沖縄県知事選でも玉城デニー候補を応援したので、「また、それかな」と思ったら、公示直前に代表の山本太郎さんから直接電話があり、出馬を打診されたのです。驚きましたし、自分には無理だと感じ、逃げようとも考えましたが、同じ学会員で昔からの大親友に相談すると「出るべき」と即答。「公明党がおかしくなってきていると世論に訴える絶好のチャンスだ」と言うのです。親友の言う通りだと思い決断しました。でも、結果は落選。その後、党(れいわ)の方針とソリが合わず、昨年、離党しました。

 ――そもそも学会入信のきっかけは?

 私は84年当時、複数の病気を患っていました。両親も借金を抱えていて、自宅を手放さなければいけない状況だった。人生に行き詰まり、思い悩んでいたところに、親戚の女性会員から入信の勧誘を受けた。学会の教えがストンと胸に落ち、入信を決めたのです。

 ――選挙では、創価学会は強固な組織力を背景に、公明党のみならず自民党候補の支援も行っている。現場ではどんな活動を行うのですか。

 選挙が近づくと、地域の学会支部の幹部からの指示を受け、学会員でない友人や親戚らに対面や電話で「お願いします」と一人一人しらみつぶしに投票依頼します。有名な「F活動」です。Fは「フレンド」。いわゆる「F票」を集めるため、電話や対面などで1対1でお願いするわけです。選挙で頑張れば「功徳(御利益)がある」「宿命転換できる」などと、信仰心に訴えて幹部は活動を求めてきます。

 ――友人や親戚からはどんなリアクションが返ってくるのですか。

 相手が親戚だと大目にみてくれるのですが、友人レベルだと「あー、また来たか」みたいに嫌な顔をされます。だいたいネガティブな反応ですね。

 ――精神的にキツいですよね……。

 ですね。相手によっては「僕は自民党支持だから」とか「バリバリの共産党支持なので」と断られるケースもある。それを幹部に伝えても「何言ってんだ」「腹を決めてまたお願いしに行くんだ」とハッパをかけられるんです。その上、電話でなく「直接会って膝詰めで話してこい」という。ですから、場合によってはバナナとかミカン、お菓子などといった手土産を自腹で持参し、お願いしたこともあった。

■異論には「信心が足りない」と罵声が

 ――1回の国政選挙で、アプローチはどのくらいの人数に?

 私の場合、選挙前の1カ月間で50〜60人ほど。多い人は約1000人でしたね。これらの“成績”は定期的に開かれる会合で報告し合うことになる。おのおのの“成績”はグラフにして張り出されるので、数が少ない人は肩身が狭いんですよ。

 ――シビアですね。

 入信当初は、どうして選挙支援をしなければいけないのかと思ったこともありました。でも、世の中にはセーフティーネットから漏れ、苦しんでいる人がいる。そういう人を誰が救うのか。宗教者として個人の幸福を追求するだけではいけない。「世の中を良くするために公明党は設立された」などと先輩から教えられ、勉強もした。公明党を応援すれば、庶民が救われ、正直者がバカを見ない世の中になる――。そう信じて一生懸命やっていました。

 ――不自然だと思いませんでしたか。

 入信して4〜5年ほど経ったころから、おかしいと思うようになりました。選挙の候補者について「誰がどうやって選んだんですか?」と聞いても、「人柄を見て幹部が決めている」などと言うだけでハッキリと教えてもらえない。今にして思えば、要するに、学会や公明党幹部の言うとおりに動くイエスマンを選んでいたわけです。

 ――幹部の指示には反発できない?

 疑義を訴えると、「おまえは信心が足りない」などと言われます。選挙活動は、平日は仕事終わりを含め空いている時間に行い、休日は一日中ぶっ通し。いくらシンドくても幹部は「これも仏道修行だ」という調子です。最終的には「(3代目会長の)池田大作先生がおっしゃっているのだから」と言われる。学会内で池田先生は戦前戦中の天皇陛下のような存在と言えばいいのか、カリスマ的な人物です。「池田先生の意思」と言われると皆、思考停止して従うしかないのです。幹部は自分の都合のいいように池田先生をカリスマとして利用するところがあります。

「公明党を正すには学会員が目を覚ますしかない」

 ――上層部の意思に抵抗するのは困難ですね。

 抵抗すると「村八分」。自営業の人は商売にならないこともある。学会系の企業団体から仕事を請け負っている人は仕事が回ってこなくなる。生活がかかっていると、おかしいと思っていても声を上げるのは難しいのです。

 ――そういった縛りのキツさが選挙での組織力の強さにつながっているのでしょうね。

 昨春、コロナ対策として、困窮世帯限定で1世帯当たり30万円の現金給付を含む補正予算案を閣議決定したのに、公明党の要望で急きょ国民一律10万円給付に変更。補正を組み替える異例の事態になりました。発言力の強い学会婦人部が「このままでは生活がままならない」などと、上層部を突き上げた結果でしょう。婦人部を敵に回すと集票活動に支障をきたし、その集票力には自民党も頼っています。だから、誰も逆らえません。

■「戦争3法」に加担して組織力が低下

 ――そうした組織力に陰りが見えてきています。17年の衆院比例区で公明党の獲得票数は初めて700万票を割った。今年の都議選も前回から約10万票も減らしています。

 そうですね。理由は学会員の高齢化。40〜50年前に入信した人は、ただでさえ行動力が落ちている上、コロナ禍で対面での集会はやりづらい。オンライン集会では、スマホの使い方が分からない高齢者は参加できない。公明党の山口那津男代表は、衆院選の時期について「総裁選後が望ましい」と発言していました。ワクチン接種が進み、少しでも集会を開きやすい時期に選挙をやって欲しいとメッセージを送ったわけです。

 ――低迷の原因は、高齢化だけでしょうか。

 学会員の心も離れてきていると思います。13年に特定秘密保護法が、15年は安保法、17年には共謀罪法が成立しました。いわゆる「戦争3法」ですが、その成立過程で、公明党はずっと賛成してきたわけです。私はこの時に「公明党は終わった」と感じました。他にもマトモな学会員が落胆し、離れていったのでしょう。

 ――米軍普天間飛行場の辺野古移設に関しても、公明党は推進派候補を地元首長選挙で応援。都政では「小池旋風」が吹いた時期は自民党とたもとを分かっていたのに、今は“復縁”しています。生き残るためには「何でもアリ」のように見えます。

 公明党は立党の精神として、〈大衆と共に語り、大衆と共に戦い、大衆の中に死んでいく〉と掲げています。それが今や、権力を握る自民党と共に語り、大衆を敵に回している。百八十度間違った方向を正せるのは、学会員だけです。一日も早く目覚めて欲しい。そうすれば、きっと日本は変わりますよ。

(聞き手=小幡元太/日刊ゲンダイ)

▽野原善正(のはら・よしまさ)1960年1月、沖縄県浦添市生まれ。琉球大法文学部英文科卒、同大大学院修士課程(アメリカ文学専攻)修了。84年、沖縄創価学会入り。塾や予備校の講師として働く。2019年の参院選(東京選挙区)に「れいわ新選組」から「反公明党」を掲げて初出馬。落選したものの、21万4438票を集めた。

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