痴漢は「性的欲求」を満たすためではない〜<男尊女卑的価値観>の支配欲求か?

痴漢は「性的欲求」を満たすためではない〜<男尊女卑的価値観>の支配欲求か?

痴漢被害者の9割近くが泣き寝入り(depositphotos.com)

 はじめて社会病理学的視点から「痴漢」を解析した『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)。

 本書を上梓した大森榎本クリニック(東京都)精神保健福祉部長の精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏に、痴漢の真相について訊く第2回目。

 今回は、そもそも、なぜ特定の男性が痴漢に走るのか――という根源的な疑問に迫る。

痴漢は「満員電車という異常な環境への性暴力を介した適応的行動」

 『男が痴漢になる理由』によれば、日本ほど公共交通機関で日常的に性暴力が発生している国は世界的に見ても珍しいという。日本にはこびる痴漢犯罪は、いつしか世界が知るようになり、「CHIKAN」といえば、外国でも通じることがあるまでになっている。

 ならば、痴漢という犯罪は日本人しか行なわないのか――。「そうではない」と斉藤氏は説明する。

 母国では<痴漢>という犯罪の存在自体を知らなかったのに、優秀な人材として来日し就職して満員電車で通勤するようになり、痴漢をするようになってしまう外国人も存在する。

 斉藤氏が言う――。「我々は痴漢も依存症のひとつとして捉えていますが、<依存症>というのは環境に対する適応的な行動のひとつでもある。『満員電車という異常な環境への性暴力を介した適応的行動』が痴漢であると考えることもできるのです」

 確かに朝のラッシュ時、乗車率が200%を超えることも珍しくない日本の満員電車は、異常なほどにストレスフルな場所である。200%ならなんとか雑誌が読めるが、250%になると手も動かせない状態のことをいう。

 だからといって、痴漢行為が許されることはありえない。いったい、どのような男性が痴漢を行為に至るのだろうか?

痴漢加害者は「風俗嫌い」!? 痴漢は性的欲求を満たすためではない

 「痴漢をする男性のほとんどは、満員電車で通勤するサラリーマン。四大卒で会社では勤勉で真面目。結婚もしていて家では子どもの面倒もみるよき家庭人という人が、実は非常に多い」

 「特に最近多いのは、30台の子育て世代です。その勤勉で従順な性格ゆえ、職場では長時間労働を強いられながら上司の理不尽な要求に応え、家ではイクメンを求められパートナーの高い要求水準に何とか応えようと努力する、心の休まる場所がない。そのストレスを解消する行為として、通勤時間に痴漢をして発散する――というケースがとても多く見られます」

 言うまでもなく、痴漢は犯罪行為。さらに、被害者には深刻な身体的・精神的苦痛を与える。世間からは「そのような行為に及ぶくらいなら、まだ風俗でストレスを解消したほうがマシだ」という声が聞こえてきそうだが、痴漢加害者は潔癖なほどに「風俗嫌い」が多いという。

 「擬似的な痴漢行為をできる風俗店もありますし、『そういうところであなたの欲求は満たせないのか?』と質問したことがありますが、『風俗店では決して代替できない』というんです」

 「そもそも風俗店に行ったことのない人が多い。『風俗店なんて男が行くべきところじゃない。いかがわしい』と主張するくせに、痴漢はするのですから不思議です。このロジックも巧妙に認知のゆがみに利用される」

 斉藤氏の分析によれば、風俗に行けば「性的欲求」は解消できるが、そもそも痴漢をする人は、性的欲求を満たすこと以外の何かを求めて痴漢行為をしている節があるという。

 痴漢をする人の多くは、痴漢行為時に勃起すらしていない。なかには痴漢をしたあとに駅のトイレでマスターベーションをする人もいるが、その割合は決して多くはない。このことからも、痴漢が性的欲求を満たすためだけの行為ではないことが分かるだろう。

 「痴漢常習者は、よく『リスクやスリルがあるからやめられない』と言います。ギャンブル性とか、ゲーム性、支配欲や達成感、優越感といった、複合的な快楽が重なり合っていると言えます。釣り糸を垂らしていい獲物がかかるかが楽しみ――と釣りに例えた人もいました」

痴漢の原因は<男尊女卑的価値観>による支配欲求か?

 斉藤氏はこれまで臨床の現場で、痴漢行為を繰り返している女性が受診に訪れたケースに遭遇したことはないという。なぜ、圧倒的に男性のほうが痴漢を行うのか? この疑問に対して、斉藤氏はこう答える。

 「おそらく男性の脳内メカニズムにも関係しているのだと思います。男性ホルモンであるテストステロンの濃度は攻撃性と密接に関わっていますから、痴漢行為との相関関係はあると推測できます」

 「しかし一方で、性犯罪の問題を男性ホルモンの問題に矮小化してしまうと、この問題の本質を見落としてしまいます。性暴力の本質は、日本社会に根強く残る男尊女卑的価値観を背景にした加害者側の支配欲求です。ただの性欲の問題ではないのです」

 被害女性に深刻な身体的・精神的ダメージを与える痴漢犯罪だが、加害男性は意外にも、家庭では「よき夫・父」であることが少なくない。警察に呼び出され最初は冤罪を主張してそれを信じた妻も、逮捕が繰り返されると、夫が痴漢常習者であることを理解するようになる。

 それでも家庭では「いい夫」であるため、離婚しないケースが大半である。ただし、性的な嫌悪を感じて、夫婦間のセックスはなくなる場合がほとんどだという。

 もちろん、何度も言うが被害女性の受けるダメージも深刻だ。男性の身勝手な支配欲求による痴漢行為で、被害者の女性は癒すことのできない傷を負う。

 どのような理由があろうと痴漢犯罪は許されることではない。その防止策はあるのか? 「痴漢」を「依存症」と捉えれば、その治療法によって再発防止のヒントが見えてくる。次回は、それについて詳細する。
(文=里中高志)

斉藤章佳(さいとう・あきよし) 
大森榎本クリニック精神保健福祉部長。アジア最大規模といわれる依存症施設「榎本クリニック」(東京都)で、精神保健福祉士・社会福祉士として、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性依存・虐待・DV・クレプトマニアなどのアディクション問題に携わる。大学や専門学校で早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、講演も含め、その活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。著者に『性依存症の治療』、『性依存症のリアル』(ともに金剛出版)、その他、論文も多数。

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