まるで宝探し? ウィキペディアに「なかったページ」を作るウィキペディアンの楽しさとは

まるで宝探し? ウィキペディアに「なかったページ」を作るウィキペディアンの楽しさとは

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歴史上の大事件から身近な食べ物のことについてまで、幅広い物事を網羅しているウィキペディア。全世界の有志のボランティアたちによって日々修正・更新されている、最大級のフリーインターネット百科事典だ。

何か気になった単語があれば、とりあえずウィキペディアで概要を調べてみるという人も多いだろう。

しかし、当然ながらウィキペディアにもまだ載っていない単語はある。

中には「え、これってウィキペディアになかったの?」と思うようなポピュラーな物事も存在するようだ。

Jタウンネット記者は2021年4月24日、そんな「ウィキペディアに存在しない記事」を見つけ出し、自らその記事を執筆するという活動をしている「ウィキペディアン」の一人を取材。活動への思いやその魅力について訊いてみた。

■20年間「アジフライ」の記事は存在しなかった

「2001年のウィキペディア開始以来、20年もの間『アジフライ』の記事がなかったのです」

そう語るのは、関東地方在住のウィキペディアン・海獺(@Racco_Wiki)さん。

海獺さんは「イギリスのロックバンド『クイーン』の記事を編集したい」と思ったことをきっかけに、07年ごろからウィキペディア上での活動を始めた。

これまでにも他の言語版の翻訳を含め30本ほどの日本語版の新規記事を書いてきたという海獺さんが、今回新たに作成したのは「アジフライ」だ。

アジフライといえば、日本では学校給食などでもお馴染みのいたって身近な魚料理。当然、ウィキペディアにもすでに記事がありそう......と思いきや、なんとつい最近まで「アジフライ」の項目は存在しなかったという。

「3月25日にアジフライの記事がないことに気づきました。ウィキペディアのほかの記事を読んでいたら『アジフライ』の字が赤かったのです。ウィキペディアではリンクを張る書式を入れた時、記事があると青くなり、ないと赤くなります。その日から調べ始め、4月7日に初版をアップロードしました」(海獺さん)

海獺さんによれば、ほかの主なフライの記事作成年は、

「エビフライ(2004年)」「カキフライ(2006年)」「白身魚のフライ (2012年)」「イカフライ(2006年)」「フライ(料理) (2007年)」

といった感じ。なぜこれらの記事があるのに、アジフライの記事だけがなかったのかが不思議だ。その理由について海獺さんは、

「アジフライは確かに洋食というには庶民的ですけれど、なぜ記事がないんだろうというくらい見過ごされてたように思います。それだけ身近すぎたということかもしれません」

と推測を述べた。

■「なかったの記事」のつくり方

では、実際にどのようにして記事を作っていったのだろうか。改めて海獺さんにその手順を訊いてみた。

「百科事典なので、レシピは二の次だと思いました。誰のレシピを記載するかという難しさもあるのです。今回はまずネットでアジフライの起源になりそうな記述を片っ端から探しました。それとともにアジフライの百科事典記事にはどんな見出しがあると面白いかを考えました。題材がポピュラーなので、見出しを作っておけばそれにインスパイアされてイメージが湧き、いろいろな人が編集参加してくれるだろうと思ったのです」(海獺さん)

参考文献に関しては、国会図書館の検索やグーグルブックスなどでアジフライを検索してあたりをつけていったという海獺さん。このほか、味の素食の文化センター(東京都高輪)の図書館も二回ほど訪れ、司書にレファレンスの依頼もしたとのことだ。

ウィキペディアの履歴表示から、海獺さんが作成した当初の「アジフライ」の記事を見てみると、その目次は、

「歴史」「調理法」「栄養素」「バリエーション」「聖地」「小売商品」「そのほか」「脚注」「参考文献」

の9つの見出しがあり、例えば栄養素の項目では、「ほかのフライ料理と比較して低糖質で低カロリーと言われている」などといったことが書かれていた。

脚注や参考文献には様々な記載の情報源として、様々な企業や自治体のウェブサイトや、ウェブメディアや新聞の記事、書籍などのタイトルが並ぶ。

それにどんどん他のウィキペディアンの手が加わり、表現が修正されたり、画像が追加されたり、注釈や出典、参考文献が増えたりして、内容が充実していっている。

4月30日時点の版では、「バリエーション」が「調理法」の中に入れ込まれ、代わりに新たに「味・食感」や「中食・外食として」といった項目が作られるなどの変更が。

また、同じ項目でも、例えば初版の「歴史」では「明治後期から大正にかけてフライは家庭でも作る料理として浸透した」と表現されるにとどまっていたところ、30日時点の版では、

「アジフライの調理に必要なパン粉は、1916年(大正5年)に日本で初めて商品化された。第二次世界大戦後の食糧難に際して電気パンの技術が転用されてパン粉の大量生産が可能となり、1955年(昭和30年)の学校給食にもアジフライが採用されている。その後、アジフライは日本国内で家庭料理として広く普及し、おかずだけでなく、おやつ、酒の肴などとして親しまれ、さらには離乳食完了期(1歳から1歳半)のレシピとしても挙げられている」

と、より詳しい情報が記載されている。

■ウィキペディアンの魅力とは

それにしても、一体どうやって「なかった記事」を探し出しているのだろうか。

Jタウンネット記者の質問に、海獺さんは「なかった記事を探すのは容易ではないので、『あるかな?』と思った語句をウィキペディア内で検索するしかありません」と答える。

現状では地道に探していくほかに、道はないようだ。

ウィキペディアに「なかった記事」を探して新しく作る──言葉にするのは簡単だが、実際にそれを実現させるのはかなり大変なようだ。よほどの情熱がなければできないことだろう。

改めて、ウィキペディアンの魅力について訊いてみると、海獺さんはこう語った。

「グーグルで検索しても、アジフライのルーツにはすぐにはたどり着けません。検索サイトでの結果は、アフィリエイトやSEOなどの目的があるものやレシピサイトが上位に来ます。そんななか、ウィキペディアにアジフライの記事ができることで、いろんな人が手軽に知識として楽しむことができる道筋が増えたと思います。また、長崎県松浦市はアジフライの聖地宣言をしました。アジフライの記事ができることでその話題が記事に取り込まれ、地域の活性化に一役買うかもしれません。もう一つの視点として、記事ができてから2週間ほどの間に25人のユーザーが85回も編集に携わりました。私が書いた初版はもはやたくさんの人に手を入れられて、そのままの形で残っているところはほとんどないです。おかげでウィキペディアの『新着記事』に選ばれ、トップページに4月11日の一日間、アジフライの記事のさわりが掲載され、目につきやすくなりアクセスもぐんと増えました」

多くの人が手軽に知識を得られる近道ができること。記事の内容によっては地域の活性化にも繋がる可能性があること。多くのユーザーによって編集された結果、記事自体に注目が集まること。

海獺さんは、この3つが「なかった記事が生まれる面白さ」であると述べた。

いつも皆さんが何気なく読んでいるウィキペディアの記事も、かつて世界のどこかにいるウィキペディアンたちが地道に探し出し、あらゆる角度から情報を集め、そうして苦労を重ねた末に生み出されたものなのかもしれない。

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