「平和」という名を背負い続けて76年 改めて知っておきたい「Peace」が愛される理由

「平和」という名を背負い続けて76年 改めて知っておきたい「Peace」が愛される理由

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2022年1月31日、日本たばこ産業(JT)はピース・ブランドから「ピース・リトルシガー」をCLUB JTオンラインショップ限定の定番商品として 発売した。

「ピース・リトルシガー」は、2017年から過去3回、数量限定で販売され今回から、オンラインショップ限定の定番商品となった 。

ピース・ブランドに新たな顔ぶれが加わり、名作を楽しむ幅が広がるのは愛煙家にとって嬉しい話。

しかし、筆者には疑問に感じる点もあった。

「どうしてピースは、新しい商品を出すことができるのか」

なぜこんな疑問を持ったのかというと、このところJTでは長らく販売されてきた昔ながらの銘柄が続々と姿を消しているからだ。

1949年に誕生した「しんせい」が2018年10月に、1906年に発売された「ゴールデンバット」、66年登場の「わかば」、68年発売の「エコー」が2019年10月にそれぞれ廃止。リトルシガーとして生まれ変わったものもあるが、歴史ある紙巻きたばこが次々と消える流れがある。

そんな中で、1946年に発売された「ピース」は廃止されるどころか新製品まで登場。時流とは異なる動きを見せているように感じたのだ。

■なぜ、ピースは今も残るのか

ピースが今も存在し続ける理由。その答えを求めて筆者は、たばこの歴史と文化に詳しい「たばこと塩の博物館」(墨田区)の学芸部長・鎮目良文(しずめ・よしふみ)さんのもとを訪れた。

鎮目さんに筆者の疑問をぶつけると、こんな言葉が返ってきた。

「ピースっていう言葉の重みですよ」

ピースの販売が始まったのは、1946年1月。終戦から約5か月が経った頃だ。発売日にはたばこを求める人で行列もできていたという。

戦争末期の1944年、製造能力の低下によりたばこは一時「配給制」になった。戦後も1950年までは制度が続くが、その中でピースは戦後初の自由販売たばことなる。つまり、現在のようにある程度自由に好きな量が買える数少ない銘柄のひとつだったのだ。

「当時たばこは専売品だったこともあり、国民の身近なところにある嗜好品です。なので、時代を反映してきた商材でもあります。ピースが発売されたのは、1946年1月の終戦直後。行列ができるほど人々がたばこを求めていたということでもありますが、それだけではないと思います」(鎮目さん)

ピース、つまり「平和」という大胆なネーミングは公募で決まったもの。終戦からわずか2か月しか経っていない1945年10月にネーミングとデザインの募集をすると、1か月の間に約6万件の応募があったという。

そして審査の結果、1位が「ニューワールド」、2位が「ピース」という結果になった。

「1位は『ニューワールド』でしたが、そのデザインが当時の印刷には適さなかったので、2位の『ピース』が発売することに。この結果から見ても、当時の人々が『新しい時代』と『平和』に求めていたものが大きかったのだと思います」(鎮目さん)

■葉に隠されていた「平和」

終戦直後の人々の平和への思い。それは、ピースに使われている葉たばこにも詰まっているという。

「ピースの特徴は、バージニア葉(編注:米・バージニア州で栽培が始まった品種)の使用にこだわっている点だと言えます。そして、ピースは1951年から外国産のバージニア葉を使っています。外国産の葉というのは、平和じゃないと輸入できないのです。1945年まで日本はアメリカと戦争をしていたわけで、戦時中であればバージニア葉は輸入できなかった。そういった意味で、外国産葉を使っているピースは平和な時代のたばこなんだと言えます」(鎮目さん)

ピースの販売を続けられる。それは日本が平和であることの何よりの証拠と言えるのかもしれない。

しかし、ピースが売られ続けているのは平和な時間が続いているから、というだけではない。独特の「味と香り」も長生きの一因になっている。

「ピースはほかのブランドに比べて、味と香りへのこだわりが圧倒的に強い。ピースはバージニア葉を使っていることを大きく売り出していますが、それは芳醇な香りと優しい甘味と柔らかさにつながっている。つまり、紙巻きたばこが目指す味の理想を体現しています。また、香りを加える加香という工程でも、ピースは戦後当初では珍しかった第2加香という作業が行われていた上、1950年からはピース専用の香料まで作っていました。それだけピースは大事にされていたんです」(鎮目さん)

ピースというブランドを語るうえで、もう1つ欠かせないのが「デザイン」だろう。現在でもパッケージにはオリーブをくわえた鳩の象徴的なロゴが使われているが、これが初めて登場したのは1952年4月。

手掛けたのは、「ラッキーストライク」のデザインや不二家のロゴであるF(ファミリー)マークなどを手掛けたことで知られるレイモンド・ローウィだ。

「ローウィは1951年4月に来日。デザインの大切さを日本に説くためにやってきたそうです。そんな訪日の中で、当時の日本専売公社に訪れて日本のたばこデザインの批評を行っていました。そのときに、秋山孝之輔総裁(当時)がピースのデザインを変える動きがあるとローウィにポロっと話してしまったんです。するとローウィが『私にピースのデザインをやらせてくれないか』とプレゼンを始めてしまったそうです」(鎮目さん)

■デザイン界に与えた大きな影響

すでにデザイナーとしての地位を確立していたローウィとの契約は、高額なデザイン料を背景に反対の声もあったという。しかし、日本専売公社は1951年にローウィとの契約を締結。その後、9つのデザイン案がローウィから送られてきた。

「当時のたばこ のデザインは懸賞で募集して、日本専売公社のデザイン部門が修正するか、名のあるデザイナーに頼むといったことが主流でした。名のあるデザイナーだと、デザイン案を1個しか送ってこなくて、断った事例もあるものの、専売公社としては断りづらかった。しかし、ローウィは9つの試作品を送ってきて、その1つ1つに丁寧な解説をつけたんです。その中にはヨーロッパでは好まれないけど、日本では好まれる紫系の色。後に『ピース紺』と言われる色が使われたデザインが含まれていました。試作品から選ぶ作業もそうですし、その国にとって色と形を大事にするデザインの出し方は、日本専売公社のデザイン担当者にも勉強になったそうです」(鎮目さん)

こうして1952年4月、ピースは装いを新たにした。

懸念されていたデザイン料の請求は、当初180万円。総理大臣の月給が8万円だった時代であるのを考えるととんでもない金額だ。

「180万円という金額はラッキーストライクのデザイン料の6分の1だったといいますから、ローウィとしては相当まけてやったつもりだったのでしょう。ただ、当時はデザインにお金をかける感覚がなかったので、さすがに満額は出せない。そこでカートン用の包装を使わず、最終的に150万円で落ち着きました。それでも高額なのは変わりないですから、当時の国会でも問題になっています。しかし、多少の改良があるとはいえ、今でもこのデザインを使っていると考えれば安いものです。しかも、パッケージが新しくなって売り上げも3倍になりました」(鎮目さん)

ピースの新パッケージはデザインが重視されていない時代に、商業デザインの重要性を世に示す役割を果たしたのだ。そしてこの出来事は、若手のデザイナーに夢を与えたという。

■ピースの未来

平和への思い、味と香り、そしてデザイン。1つ1つへのこだわりによってピースは「最高級品」のイメージを確立することに成功し、贈り物や特別なときの1本、さらには記念たばこへの起用など、時代が変化していく中でも高級品としての役割を果たし続けてきた。

「歴史や変遷も含め、ピースを長年愛してくださっているお客様は多いです」

そう語ったのは、JTの商品企画部でブランドマネジャーを務める中野由美子さんだ。

「ピースが愛され続けている理由は、ブランドの『ゆったりとした至福のひととき』という信念を守りながらも、時代の変化や人々の生活スタイルに合わせて少しずつ新しい商品を世に出し続けてきたことにあると思います。1月31日に発売された『ピース・リトルシガー』も時代の変化の中で、現代のお客様に選ばれるたばこは何かを考えながら生み出された製品です」

そして今後もピースの信念や、築き上げてきた香りへのこだわりを保ちながら、「現代」を生きる人々の時間がさらに豊かで至福のものとなるために、「ピースが提供できる価値」を諦めずに追求していきたいという。

平和な新しい世界への期待を背負って誕生した「ピース」が、76年たった今も残り、そして進化を続けている。その意味を噛みしめながら吸ったリトルシガーは芳醇な香りと柔らかな甘みをもって、筆者の心を安らげてくれた。

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