三億円事件は「エンタメ」になった 創作物から薄れゆく「リアリティ」

三億円事件は「エンタメ」になった 創作物から薄れゆく「リアリティ」

白バイ警官に変装した犯人はどこに消えた?(写真はイメージ、Wikimedia Commonsより)

一人の死傷者も出さず、鮮やかな手口で大金をせしめ、しかも多くの遺留品を残して消えた「三億円事件」の犯人。作家らの創作欲が刺激されない訳はなく、ノンフィクション・フィクションを問わず数多くのコンテンツがこの事件にフォーカスしてきた。


Jタウンネットでは、1968年の発生から半世紀の節目に、現地取材も含めてさまざまな観点から事件を振り返っている。今回は、三億円事件が創作物のなかで、どのように扱われてきたかをいくつかのケースから見ていく。

話題「告白本」の真偽は?

時の流行作家やアイドルも三億円事件を追いかける時流に乗っており、例えば時効を迎える1975年には阿久悠原作のマンガ「悪魔のようなあいつ」が沢田研二主演でドラマ化。ジュリー自ら死の病に侵された三億円事件の犯人役を演じ、バイオレンスとエロスに満ちたドラマの中で存在感を示した。平成生まれながら昭和のドラマ・音楽に精通する同僚記者曰く、「救いようのない結末で業の深い作品」とのことだが、現代のドラマでは絶対NGな描写続きでかえって斬新に映る。

犯行場面についてはジュリー扮する可門良が日本信託銀行を見張り、雨の中輸送車を追跡後第3現場で白バイに乗り換えて輸送車を強奪、第2現場で輸送車から逃走車に乗り換え、通行人の主婦が車に泥をはねられるところまで目撃証言に合わせる形でリアルに描写されていた。事件の記憶がまだ生々しい時代だったことをもうかがわせる。

21世紀になっても三億円事件は格好の題材となる。2010年から15年にかけてマンガ「三億円事件奇譚 モンタージュSINCE 1968.12.10」(作:渡辺潤)が週刊ヤングマガジンに連載された。本作は21世紀の日本と事件当時を行き来して物語は進み、警察や政界をも巻き込んだハードボイルド・サスペンスとなっていてドラマ化もされた。やはり当時の多摩地域の時代環境を反映し、米軍をも巻き込んだ壮大な陰謀劇が繰り広げられる。

そして50年目の18年には、ネットの小説投稿サイト「小説家になろう」にまで三億円事件の犯人の影が現れる。

「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」というタイトルで8月8日から約1か月半をかけて投稿された文章は、自身が三億円事件の犯人だと告白する「白田」氏が事件の全容を回想するというもので、ネットユーザーを中心に大きな話題となった。ブームを受け、事件発生からちょうど50年の12月10日付でポプラ社から同じタイトルで書籍化、さらに12月29日から少年ジャンプ+にてコミカライズも始まったとのこと。

記者の率直な感想を申し上げれば、ここまでメディアミックスが進んでいるということは、そういうこと、つまりは創作だろう。「小説家になろう」で公開されていた頃も、事件の当事者が書くにはあまりにも不自然であるとの指摘も見られた。例えば、

「1968年当時は『カミナリ族』と呼ばれていた暴走族を『暴走族』と書く」
「過激派学生の言葉に、学生運動独特の語彙が全く登場しない」
「報道でも関係書籍でもほぼ100パーセント『ジュラルミンケース』と表記している、現金三億円を入れたケースを『アタッシュケース』と表記する」

といった具合である。

改めて発刊された書籍を手に取ってみても、犯行そのものの描写や計画より、語り手(著者)の人間関係や心理関係に描写の重点が置かれていて、本当の事件当事者の手記にしては、肩透かしを食らった印象を受けた。

ちなみに最初から日本信託銀行が狙われていたかのような印象を受けるこの事件だが、東芝府中事業所従業員の給与は68年9月までは支給前日に一旦隣の三菱銀行国分寺支店に一晩保管され、翌朝三菱銀行から輸送車で東芝府中に向かっていた。

従って事件直前まで犯人は三菱銀行の方をも監視していた可能性が考えられるが、この本ではそういったいきさつはほとんど割愛されている。


記者はこういった疑問を著者の白田氏にぶつけるべく、書籍刊行元のポプラ社など複数のルートから取材を試みたが、いずれも回答は得られなかった。

いずれにせよ、真犯人たちが生きながらえていたとしても皆鬼籍に入ろうとしている時期であり、今後真相が明らかになる可能性は低いと思われる。


昭和から平成、そして新元号の時代となっても、三億円事件は我々の好奇心を掻き立て続けるだろう。

Jタウンネット編集部 大宮 高史

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