帝国図書館の面影を色濃く残す... 東京・上野「国際子ども図書館」

帝国図書館の面影を色濃く残す... 東京・上野「国際子ども図書館」

Jタウンネット編集部撮影(2017年5月26日)


東京・上野駅から上野公園を通り、うっそうと生い茂った森を突っ切ると、公園の片隅にたたずむルネサンス様式の洋館に出迎えられる。

館の名は、国際子ども図書館。児童書のみ取り扱う国立図書館は、ここを除いて他にない。

このレンガ造りは1906年(明治39年)、帝国図書館として建築された。かつては、研究図書館の色合いが強かったという。2000年(平成12年)、現在の名称に変更された。

帝国図書館時代の面影は今も、残っているのだろうか。Jタウンネット記者は2017年5月26日、館内を探検してみた。

「本のエレベーター」

3階建ての館内は、1906年にレンガと石で作られた部分と、1929年(昭和4年)に鉄筋コンクリートと、レンガや石に似たタイルで作られた部分とに分かれる。

記者はまず、1階の「世界を知るへや」に入った。アジア、ヨーロッパ、南米......。約70の国と地域の地理、歴史、文化を紹介する子ども向けの本が約1800冊、ずらりと並ぶ。本を取ろうと手を伸ばすと、必ず見下げるような形になるのが新鮮だった。

ふと上を見上げると、天井からぶら下がるシャンデリアが目に留まった。この部屋は開館当時、旧帝国図書館で最も格式の高い「貴賓室」だったそうだ。明治時代の木材が修復・再利用された「寄木細工」が床に、左官が「鏝(こて)」で描いた「鏝絵」が天井に施されているという。

隣の「子どものへや」では、主に小学生を対象とする児童書や絵本が約9000冊、陳列されていた。哲学・宗教、伝記、恐竜、動植物、農産業、音楽・スポーツ......。子ども向けの本しかそこにはないのだが、いすに座って読んでいるのは皆、30〜50代らしき大人たちだった。

2階へ上がり、「児童書ギャラリー」に入った。ここでは明治から現代までの児童書と絵本の歴史を振り返られる。児童書の場合、日本で最初の少年誌「少年園」(1888年)に始まり、戦後の「現代児童文学」の萌芽を経て、児童文学が積極的に人間の本質(死や性など)を描き始めるようになってから、文学との境目が薄れてYA(ヤングアダルト)、すなわち「若者の文学」の領域が形成されるまで、といった具合だ。

この部屋は帝国図書館の時代、官庁が認めた研究者たちに使われる特別な閲覧室だった。書庫の資料を早く届けるため、「本のエレベーター」を使っていたそうで、この取り出し口の部分が現在も、木の枠組みとして残されている。

記者が訪れた日は、「国際子ども図書館 歩み展」と題する企画展が開催中だった。室内での写真撮影は認められていないため、こうした帝国図書館の名残に触れたい読者は、ぜひ現地を訪れるのをおすすめする。

児童書や絵本を見て回り自らの幼少期を思い起こすのもよし、児童書の歴史に触れて教養を深めるのもよし。

子どものみならず、大人が行っても楽しめること間違いなしだ。

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