<東京暮らし(12)>増える街角ピアノ

<文 中島早苗(東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長)>

ある晩、何気なくつけていたテレビで、「駅ピアノ」という番組を放送していた。

ヨーロッパなどの都市の駅に設置されたピアノを、通りがかった人が思い思いに弾いていく。ナレーションはなく、演奏している人がどういう人物なのか、なぜここにピアノを弾きに来たのかなどの説明が、テロップで流れる。ただそれだけの番組なのだが、ピアノや音楽とのつながりという切り口で、知らない都市の知らない駅の、名もない人の人生を垣間見られるのがとても面白いと思った。

そこでふと、日本にもそういう、街角に設置されたピアノはあるのかなという疑問が湧いた。ありました。それも結構たくさん。

もともと、街角に誰でも無料で弾けるピアノを置こうという活動を始めたのは、イギリスのアーティストだという話もあるし、日本でも同団体のイベントが行われ、ピアノも設置されたようだ。しかし、それと関連しているかどうかは別として、各自治体や企業などが独自に、自分の街にもピアノを置いて自由に弾いてもらおうという動きが広がっている。

では東京ではどこにピアノがあるのだろう。実際に弾いている風景を見てみたいではないか。検索するとすぐに、我らが東京都庁45階の南展望室に今年の4月から設置され、毎日20〜40人程度の人々に利用されているということがわかった。

東京新聞でもピアノのお披露目会当日について報道している。

都庁のピアノは草間彌生さんが装飾を監修

「都庁おもいでピアノ」と名付けられたそのピアノは、名誉都民である草間彌生さんが装飾を監修。昨年6月から都の在住者に対して寄贈を募集し、ヤマハG3Aというグランドピアノを譲り受けて調律、装飾を施したという。

南展望室開室日の10:00〜12:00、14:00〜16:00の間なら、1回5分までという制約はあるが、誰でも自由に弾くことができる。予約はできない。10連休中などは混雑して長い行列ができたそうだが、空いていれば繰り返し並んで何度か弾くことも可能だ。

取材当日、午前中に展望室を訪れると、大勢の観光客で賑わう展望室に、グランドピアノの美しい音色が響いているではないか。なかなかの腕前を披露していたのは、神奈川県在住の山崎稜子さんという女性だった。弾き終わって立ち上がった山崎さんに話を聞くことができた。


小学生の頃から20年余りピアノを習っていた山崎さん。自宅にアップライトピアノはあるものの、最近は全く弾いていなかった。たまたま今年4月下旬、ツイッターで都庁おもいでピアノの存在を知り「弾きに行ってみようかな」と思ったという。それをきっかけにちょくちょく弾きに訪れるようになり、ここで同様にピアノを弾く人たちと知り合いにもなった。街角ピアノは他の街にもあるが、アップライトが多く、グランドピアノは珍しいのだそうだ。

この日はピアノ演奏希望者が比較的少なかったので、山崎さんは列に何度か並び直し、「幻想曲さくらさくら」(作曲・平井康三郎)、「パスピエ」(同・ドビュッシー)、「プレイアデス舞曲」(同・吉松隆)などを披露してくれた。1曲弾き終わると周囲で聞いていた人たちから拍手が起こる。

ここにピアノを置いたのは、とてもよいアイデアではないか。寄贈した人のお宅で使われなくなったピアノの、最も素敵な再利用の仕方だと、感心した。

草間彌生さんの装飾が施される前のこのグランドピアノは、どんな人に弾かれていたのだろうか。そして、弾きに来る人たち一人一人は、どんな思いで選んだ曲を弾いているのだろう。そんなことを考えながら、訪れる人たちが順番に弾く様子を眺めていると「都庁おもいでピアノ」というネーミングはぴったりのような気がした。

もう一人、演奏した人に話を聞くことができた。やはり神奈川在住の中尾恵里さんという女性だ。普段は厚木市で仕事をしているが、今日は新宿に出張に来たので、寄って弾いているのだという。


見事な腕前で弾きこなしていたのは、徳山美奈子作曲の現代曲「ムジカ・ナラ」。今日で4回目の訪問だそうだ。

「ここでの演奏は、自分が出場する実際のコンクールよりも聴衆が多いので、すごく緊張します。でも、だからこそ自分の調子や弱点を見つめ直すいい機会になります」と中山さん。前出の山崎さん同様、グランドピアノが弾ける場所は貴重だという。

この2人の女性の他にも、次々に弾く人が現れ、ピアノが既にこの場所で認知されていることがわかる。都民や近郊の市民、そして外国人観光客も含めた多くの人の憩いの場に、ピアノの生演奏が流れているというのは心和むものだと思いながら、眺めのいい展望室を後にした。


「都庁弁当」ってどんなメニュー?

時刻はちょうどランチタイム。以前から利用してみたいと思っていた、第一本庁舎32階の職員食堂に寄ってみることにした。

食堂は12時から13時は職員の利用で特に混雑するらしく、観光客も混じって、取材当日も大賑わいだった。聞けば1日2500〜2600人もの利用があるという。それでも本庁舎に働く職員は1万人弱もいるので、せいぜい2〜3割の利用率というところなのだろう。

メニューは和洋中の定番ものや日替わり定食、有名レストラン監修のパスタやカレーなど、毎日来ても飽きない豊富さだ。カフェで販売しているパンはここのベーカリーで焼いており、私も買って帰っていただいたが、ボリュームもあっておいしい。

私がランチに選んだのは、一日100食限定ですぐに売り切れてしまうという「都庁弁当」。伊豆諸島で捕れた魚(ムロアジ)など、東京産の食材を使った32品目の品数豊富なお弁当は650円とお値打ちだ。


窓際に席を取れば、32階からの東京と郊外の風景を望みながら食事やお茶を楽しむことができる。この職員食堂は一般の人も利用できるが、エレベーターで32階に上がる前に1階または2階で来庁者受付をし、一時通行証のカードを借りる必要がある。展望室へのエレベーターはまた別だが、かなり長い列ができていることが多いので、利用する場合は時間に余裕を持って出かけたい。


私自身、都民なのにパスポート申請の時ぐらいしかこの場所に来たことがなく、高層階まで上がったのは今回が初めてだった。お手頃に楽しめる眺めのよい空間が広がっているので、家族やカップルで利用するのもお勧めだ。

中島早苗
今回の筆者:中島早苗(なかじま・さなえ)1963年東京墨田区生まれ。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)「モダンリビング」副編集長等を経て、現在、東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長。暮らしやインテリアなどをテーマに著述活動も行う。著書に『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)、『建築家と造る 家族がもっと元気になれる家』(講談社+α新書)、『ひとりを楽しむ いい部屋づくりのヒント』(中経の文庫)ほか。

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