<東京暮らし(16)>「不登校」を考える

<文 中島早苗(東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長)>

今年も季節は秋になり、冬へと向かうが、去る9月1日のこと。夏休み明けのこの日は、日本で過去42年間、子どもの自死が最も多い日だと報道で聞き、気になっていた。

子どもの自死ほどやるせないことがあるだろうか。子どもの自死には、友だちとの関係や学業不振などの学校問題、親子関係の不和などの家庭問題が大きく関わっているとされる。

今、日本の小中学生で学校へ行っていない、行けていない不登校の子どもは約16万人。中学生の27人に1人が不登校ということは、平均して1クラスに1人、学校へ行けていない子がいるということになる。

私自身が子どもだった頃の記憶では(40年以上も前の話になるが)、公立の小学校から高校までの間で、学校に来なくなった同級生は1人もいなかった。大学に入ってからは、いつの間にか来なくなった同級生が何人かいて、結局中途退学した人もいたが、高校生までは「不登校」は、少なくとも私の身近にはなかった。

近年は身近になった不登校。では、学校に行けなくなった子にはどんな選択肢があるのかというと、家で学ぶ、フリースクールに行くなどだろう。今回はそんな学校外の居場所の一つであり、そこへ通うことが、所属している学校の校長裁量で出席扱いにもなるという「フリースペースえん」を取材。代表の西野博之さんと、通っている子どもやスタッフの方に話に聞いた。

不登校より深刻なものとは

西野さんは認定NPO法人フリースペースたまりば理事長でフリースペースえん代表。川崎市子ども夢パーク所長で、精神保健福祉士。早稲田大学、神奈川大学非常勤講師。文科省「フリースクール等に関する検討会議」委員なども務める。

1960年に浅草で生まれた西野さんは、86年から子どもや若者の居場所づくりに関わり、91年にフリースペースたまりばを開いた。2003年に子ども夢パーク内にフリースペースえんを開設、現在は指定管理者として夢パーク全体の運営管理を行っている。フリースペースえんには、19年3月現在、川崎市内外の151人の子ども・若者などが登録しており、利用料は無料だ。小中高生が中心だが、障がいやコミュニケーションに問題を抱え、就学や就労が難しい18歳以上の人もいる。

フリースペースえんでは、子どもや若者は思い思いのことをして過ごす。勉強をしたい子はもちろんできるし、教えてくれる大人もいる。楽器演奏やゲームをしたり、約1万平方メートルの夢パークの敷地の中を駆け回ったり、木登りしたり、時には薪割りやたき火、遊具を自分たちで手作りしたり。さまざまな年齢や個性の子ども、若者、大人が交ざり合った環境で、放課後夢パークに遊びに来た、学校に通う子どもたちとも交流する。

基本的に平日の10時半から18時まで開いているので、利用者はいつ来て、いつ帰ってもいい。ランチは毎日、希望する子どもたちとスタッフで手作りし、皆で一緒に食べる。筆者も1食分250円を支払い、この日のミートパイとサラダのランチのご相伴に預かった。本格的で美味しいメニューを、リラックスして皆とワイワイ食べる子どもたちは楽しそうだ。

そんなフリースペースえんで、西野さんやスタッフ、子どもたちから教わった話を紹介したい。

中島 33年という長きにわたり、不登校に関わってらっしゃいますね。

西野 不登校はいのちに関わる問題です。今まで出会った子どもたちの中で、救えなかったいのちが複数あります。自らいのちを絶つ子どもたちをなんとしても救いたい。これからもできる限り、不登校の問題に関わっていくつもりです。今や不登校の子どもが16万人ですが、実はそれより深刻なのは、ひきこもりの多さです。内閣府の調査では15〜39歳までのひきこもりの人が54万人ですが、40〜64歳はそれ以上の61万人。近年「8050問題(注・80代の親が50代のひきこもりの子どもの生活を支える、ひきこもりの長期化)」が注目されるようになりました。今年は特にいろいろな事件の報道があり、ひきこもり=危険ではないかとか、不登校の延長線上にひきこもりがあるのではと、不登校児の親は恐怖を抱くわけです。そんな親は、自分の不安から「おまえ、このままだと人生終わっちゃうぞ」とますます子どもを追いつめがち。でも、33年間そんな子どもたちを見てきた僕は思います。きっと、大丈夫。なんとかなると信じる。その子の「今だ!」はきっとくる。だから今は、その子をありのまま受け止めてあげて欲しい。子どもを信じて、いのちに寄り添ってください。安心感に包まれて、心と体の休憩ができたら、子どもはいずれ自分で考え、また挑戦をし始めます。

夢パークには、「禁止」の看板がない。月・水・土・日曜は工具も使えるから、自分の責任で自由に使ってものを作ったり、遊んだり。ケガや失敗を重ねて乗り越える力を育むのが目的だ。社会環境の変化で、今の家庭には余裕がなくなった、と西野さんは言う。

親が「できないこと」を受け入れる余裕がない。これくらいできて当たり前、という態度で子どもに接すると、子どもは家の中で弱音が吐けず、ストレスのはけ口が学校で、より弱い子どもへのいじめ、暴力に向かいがちだと言う。

西野 学校に行かない理由は、実は子ども自身にもわからないことが多いんです。大人に聞かれたら何かしら答えるかもしれない。でも理由は一つではなくて、明確にはわからない、という子どもがほとんどだと思います。学校に行けない子は、「困った子」ではなくて、「困っている子」なんです。ここはそんな子たちにとって、「誰も排除しない。生きている、ただそれだけで祝福される場」でありたい。えんでは、アーティストや役者、ミュージシャン、外国人の英会話講師など、いろいろな人が来て、講座を行っています。例えば、元小学校教諭で、現在は地域の子どもたちに科学を楽しむ教室を「出前」している平林浩先生が来てくれた時。先生に、「『学力』って何ですかね?」と聞いてみると、「出会いをものにする力ですかね」という答えが返ってきました。AIが人間の知能を超える時代の教育とは、目標に向かってがんばる力・人とうまく関わる力・感情のコントロールができる力を育むことじゃないでしょうか。えんでは、希望した子たちは、通信制を含めて多くは高校へ進学しました。大学へ行って希望の職に就いた子も複数います。

「誰もが排除されない居場所」に

ランチが準備される中、スタッフの方と子どもたちにも少し話を聞くことができた。まずは、非常勤職員の愛甲香織さん。自身も高校の時不登校になり、自主退学して通信制高校を卒業した。

当時通っていたフリースクールで出会った西野さんがたまりばを始めたのをきっかけに、もう20年以上西野さんと一緒に不登校の子どもたちと関わっているという。自身の経験も振り返りながら、次のような話をしてくれた。

愛甲 子どもの時って、世界が狭いですよね。学校と家の往復で、そこしか知らないから、追いつめられる。でもよく考えると、学校って特殊な環境ですよね。同じ地域の同じ年の40人と毎日ずっと一緒。大人になったらそんな世界はないから、学校に馴染めない子がいても当たり前。大人になっていくと世界が広がって、社会ってもっと雑多なものだってわかりますよね。目の前が開けてくるというか。でも子どもにはその開けた世界が見えないから、ちょっと先をいく大人が困っている子と色々な経験をしながら、「ほら、世の中ってもっと開けてるよ」って、広い景色があるということを伝えていくのが大事だと思います。

通信制高校1年生のKさんは、小学校2年の時からえんに来ているという。小学校と中学校は週1のペースで出席、えんに通っていることで、学校も出席扱いになり、卒業したという。えんでは、仲間と喋ったり、楽器を弾いたり。「学校とは全然違って、やりたいことができるのがいい」と話してくれた。

東京・町田市から来ているA君は中学2年生。19年4月からえんに、週に4日は通っている。スクールソーシャルワーカーで、えんのスタッフでもある方が学校を訪れたことで、えんを知ったという。

A君ととても仲良く話していた、Nさんも話をしてくれた。横浜市の中学3年生で、両親がネット検索でえんを知った。中1の1月から来て、週4〜5日通っているという。「えんのどんなところがいいと思う?」と尋ねると、「学校と違ってルールがない。ケンカはたまにあるけど、いじめはない。勉強したければ教えてくれる人もいる。人と話せるのがいい」。来春は通信制高校に進学する予定だという。

もう一人、小学6年生のR君は、東京・調布市から電車とバスを乗り継いで来ている。小3の時から通っているそうだ。どの子も結構遠くから通っているのに驚く。不登校の子どもの数に対して、フリースクールが圧倒的に足りないという現実を目の当たりにする思いだ。

この日、写真を撮らせてもらった時に室内にいた子どもだけで40人はいただろうか。他にも外や、別の場所で遊んでいる子もいたが、どの子も学校に通っていないとは思えないほど、ここではのびのびと楽しそうに仲間と話したり、ランチを食べたりしている。

西野 かつて学校は、子どもの居場所であり、学びの場だったんですよね。だから、例えば家で困ったことがある子でも、学校に来ればご飯(給食)も食べられて、友だちもいて、勉強も教えてもらえて。僕らは放課後、先生とドッジボールして遊びましたよ。それが今、いろんなことが変化して、放課後は学校に残っちゃいけない。競争社会が学校の中にまで入ってきて、先生と子どもの関係性も変わってしまった。親も生きにくい、親も孤立してるんですよね。子どもと家族に自己責任を問う、新自由主義のひずみというか。子どもはね、不登校だろうが、大人たちの肯定的なまなざしがあればちゃんと育つんですよ。子どもそのものを「大丈夫だよ」って見て、丸ごと信じる。そうすると子どもは安心して、やる気を出して、見事に育つんです。

子どもたちは代わる代わる、西野さんにグループで突進して、あるいは一人ずつまとわりついて、「ねえねえ、ニシヤン」「ニシヤン、聞いて!」と話しかける。西野さんはその度、「お!なんだ?」と向き合い、話を聞いて、笑っている。こういう相手が必要なんだな、子どもには。

取材を終え、広大な敷地の夢パークを出て、最寄りの南武線・津田山駅へ向かうのどかな風景を眺めながら、私は西野さんの言葉を思い出していた。

「人間が育っていくのに、何が必要かと常々思うんです。僕らがつくっているのは、誰もが排除されない居場所、一緒に生きていく仲間かな」

一緒に生きていく仲間がいない孤独、居場所がない心細さ。想像すると背筋が凍るが、そんな思いに追いつめられている子どもや大人がいたら、西野さんに教わった通り、「一人じゃないよ」というメッセージを伝えられる人間でありたい。

中島早苗
今回の筆者:中島早苗(なかじま・さなえ)1963年東京墨田区生まれ。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)「モダンリビング」副編集長等を経て、現在、東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長。暮らしやインテリアなどをテーマに著述活動も行う。著書に『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)、『建築家と造る 家族がもっと元気になれる家』(講談社+α新書)、『ひとりを楽しむ いい部屋づくりのヒント』(中経の文庫)ほか。

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