【連載】第二話・約束されない女(前編)〜Menjoy!できない女たち〜

【連載】第二話・約束されない女(前編)〜Menjoy!できない女たち〜

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「そんな女と笑い合ってる余裕なんて、あると思ってるの?」……モテ服、モテメイクに身を包み、自分磨きを欠かさない女性たちは、キラキラした毎日の一方で“アラサーのモテ系、だけど結婚の約束をされない女”という自分に苦悩する。女性だからこそ持ってしまう「痛々しい本音」の詰まったリアルなオムニバス恋愛小説第二弾!

髪型一つで男の目線が変わった。

目元や唇に気を使い、洋服も「いかにも好きそうなやつ」に変えていく。

それだけで世界が変わった。否、男たちからの扱いが変わった。

だから葛西美雪(かさい みゆき)は、男たちの好む『モテ系』で自分を着飾っていった。

十代の頃、校則の許す範囲で『モテ系』の制服に改造した。とはいえこの頃は、異性へのモテを強く意識していたわけではない。ダサい格好をしていると、男子からより女子からの視線の方が痛かったので、それを回避するためだ。あとは単純に、オシャレに目覚める年頃だったのもある。

しかし二十代になってから『モテ系』への意識が大きく変わった。

気の抜けた普段着やサブカルの入った服装の時と、『モテ系』の服装の時で、男たちからの扱いにあからさまな差があることに気付いてしまったのだ。

食事を積極的にご馳走してくれるのはもちろんのこと、合コンでの食い付き方もあからさまに違うし、職場でも可愛がられているのがありありとわかった。

服やメイク一つでこんなに得をするなら、いくらでも男好みの『モテ系』を身に付けてあげよう、と美雪は男たちに可愛がられる楽しさを享受しながら思っていた。

 

――とくにやりたいことがあるわけでも、仕事が好きなわけでもない。だからこうやって『モテ系』に身を包んで、いつまでも男の人に可愛がってもらえればそれでいい。

 

美雪は、大学の時に知り合った木場亮平(きば りょうへい)から告白された時、二つ返事で承諾した。

もちろん、思いやりがあって話の合う亮平に対し、純粋に好意があったのも事実。しかしその一方で、モテても結婚はできずに三十歳を迎えてしまった自分自身に焦りがあったのも事実。

だから、これからは彼だけに可愛がってもらおう、と。

彼だけを愛し、愛されようと、心に決めていた。

 

――なのにどうして「結婚しよう」って言ってくれないの?

 
Menjoy!できない女たち 〜第二話・約束されない女〜

「美雪ちゃん、ちょっといいかな?」

斜め向こうに座る営業一課の課長から、いつものように気さくな口調で呼ばれる。

美雪はパソコン相手に見せていた険しい顔をほどき、瞬時に笑顔を作って顔を上げた。

「はい、なんでしょォ?」

「今週末さ、あの最近ウチに来た事務の子の歓迎会やりたいんだけど……何かいいお店知ってる? 美雪ちゃん、そういうの詳しそうだからさ」

課長の言う事務の子とは、先日、営業二課の担当として入った浦安(うらやす)のことだ。それまで二課の担当だった子が退社したので、別支店から急遽こちらに来てもらったのだ。

営業一課の担当をしている美雪は同じ営業事務課として、ここ最近何かと彼女絡みで営業たちから声をかけられることが多かった。

「お店ですね、わかりましたァ。浦安さんと他の営業さんの意見を聞いて、いくつかピックアップしておきます」

「忙しいのにごめんね〜。お詫びに今日のお昼ご馳走するよ」

「良いんですかァ?」

「いいのいいの。いつも美雪ちゃんにはお世話になってるし」

「えー、そんなことないですよォ」

「なんか行きたいお店考えといてね」

「はーい」

ニコニコと笑顔を浮かべたまま、美雪は自席へと戻った。

ふいに向かいの席に座る浦安と目が合ったので、ついでがてら歓迎会の話をした。

「今週、浦安さんの歓迎会をしたいんですけど、何か食べたい物とか行きたいお店ありますか?」

「あ、そうなんですか? ありがとうございます。でも特にそういうの無いんで、おまかせでも大丈夫でしょうか?」

「わかりましたー。けど営業の人たちの意見を入れちゃうと安い居酒屋みたくなっちゃうと思うので、食べ放題のあるイタリアンとかどうですか?」

「じゃあ、そんな感じでお願いします」

一応そこで会話を終わらせたつもりだったのだが、まだ浦安からの視線ははずれなかった。

美雪が首を傾げると、浦安は机から身を乗り出し、何故か声を潜めてくる。

「葛西さん、もし嫌だったらハッキリ嫌って言ってもいいと思いますよ」

あまりにもいきなりのことで、何のことだかまるでわからなかった。

そんな美雪の心情を読み取ったのか、浦安は目線を営業一課の課長へと向ける。

「普通、仕事の場で“美雪ちゃん”呼ばわりってちょっとアレじゃないですか。セクハラだと思いません?」

そこまで言われ、ようやく美雪は理解できた。浦安が何を言いたいのかということと、浦安の女性としての在り方が。

「あ〜、どうでしょう。そういうコミュニケーションってだけだと思いますよォ?」

「でも特定の女の子に向かって“ちゃん付け”って、馬鹿にしてるようなもんじゃないですか。前にいた店舗だったらありえないです。あんまりなめられないようにした方がいいですよ」

「わかりましたァ。気を付けますね」

顔に貼り付けた笑みを崩さないまま、今度こそ美雪はパソコンのモニターへと視線を戻した。

席を立つ前にやりかけていた顧客データを画面に広げ、作業を再開する。

顧客データの打ち込みは、たいして要領がいいわけじゃない美雪でもできる単純作業だった。だから美雪の脳内には、顧客の名前ではなく課長と浦安の姿が浮かんでいた。

 

――やっぱり浦安さんって、そういうタイプだったかァ。

 

先日の朝礼で浦安の姿を初めて見た時、美雪はそれとなく予想をしていた。

毛先がパサパサの、たいして手入れもしていないショートボブ。毛穴の隠しきれていないファンデーションに、カタチのおかしい眉毛。事務は私服可にも関わらず、これからお葬式なのかと思えてしまう真っ黒なスーツ。

一目見て、美雪は浦安が「人からどう見られるか」という点について考えない人なのだとわかった。

もちろんそこまでだったらその人の生き方なだけなので、とくに美雪もそれ以上何も思わない。

しかし先程の「課長のセクハラ扱い」や「なめられないようにした方がいい」という発言を聞き、美雪は一瞬にして浦安に対する警戒心を強めた。

 

――『モテ系』を敵視するくせに「モテたい」って心の底では思っている女ほど、厄介なものはないんだよなァ。

 

学生の時からモテてきた美雪は、男たちからの視線以上に女たちからの敵意に敏感だった。

モテるための努力を競わせて負けた女たちから向けられる敵意など可愛いもの。同じ女としてその悔しさは理解できるぐらいの余裕さえあった。

しかし、厄介であり理解できないのが、モテる努力をしている女たちを攻撃するくせに本当はモテたいと思っている女たち。しかもこういう女たちに限って、モテるための努力は一切しない。

 

――モテる努力はありのままの自分じゃないとか媚びだとか決めつけて、そういうのに騙されない男がいい……なんて言ってさ。自分たちは男を選ぶくせに、男の方にも選ぶ権利があることをこれっぽっちも考えてない。

 

別に「女を捨てて男と肩を並べて働く女性」を批判しているわけではない。むしろ、美雪にとってそういった女性は憧れであり、そういう生き方ができない自分へのコンプレックスを発起させる存在でもある。

だけど、「女を捨てて男と肩を並べて働く女性、を押し付けるくせに自分は少しも女を捨てられていない女性」に対してだけは、冷ややかな感情しか持てずにいた。

美雪は、そんな彼女たちを心底「可愛くない」と思う。

そしてそれは同様に男性も思っていることだと、これまでの経験上よく知っている。

というのも、美雪は大学時代に明美(あけみ)という女性と知り合い、彼女を通してその経験を積んできたからだ。

明美とは良き交友関係を築けていると思っている。

ハッキリとした主張や意志があり行動力も持ち合わせている明美を、美雪は今でも尊敬の念を持って付き合い続けている。

たとえ明美が、美雪のような『モテ系』を見下すくせに、心のどこかでは「男からモテたい」と思うようなタイプであっても、だ。

 

――明美……たぶん亮平くんのこと、それなりに好きだったよね。

 

大学の時、明美の交友関係には驚いた。性別や年齢関係無く、わりとどのグループにも馴染んでいた。

とりわけ、亮平との仲の良さは目立っていた。二人と初めて会った時も、すでにそういう仲なのだと勘違いしたぐらいだ。

しかし月日を重ねて二人を……とくに明美のことを知るにつれ、「いつか亮平に選んでもらいたい」と思っているくせにモテる努力、すなわち異性から好かれる努力はまるでしない女性なのだということに気付いてしまった。

ただ、明美の良いところは『モテ系』を敵視しつつも、浦安のように「モテる努力をしないくせにモテる人を僻んだ自論」を周りに押し付けてはこないところだ。そこが無いから「価値観の違い」ということで片付けて、美雪は明美と良き女友達でいられたと思っている。

しかし亮平と付き合うことになった今、その友情も危ぶまれるのではないかという懸念が無いわけではない。

 

――だけど、恋愛は勝負だから。勝つためにお金と時間をかけて自分を磨いてきたんだから、そこは譲れない。それに……

 

「美雪ちゃーん。この資料なんだけどさー」

また、課長から声がかかった。

モニターから顔を上げると、まるでこちらがどういう反応を示すのか見定めるかのような表情の浦安と目が合う。

だから美雪は、あえてとびきりの笑顔を浮かべて課長の方へ向かった。

 

――それに私は結婚したい。将来の夢はお嫁さん。だから男から可愛がられて愛されるための努力は惜しまない。

 

話の相槌から仕草まで、いつもならそこまでしないぐらい課長の気に入りそうなように振る舞った。当然、課長の対応もいつも以上に優しくなる。

そんな自分の背中に浦安の視線がぶつけられていることに気付きながらも、美雪は少しも課長に対する『モテ』を緩めはしなかった。

 

【連載】第一話・選ばれない女(前編)〜Menjoy!できない女たち〜

* * * * *

金曜日、浦安の歓迎会から解放された美雪は半ばふわふわとした酔いの感覚に任せながら電車に乗った。

帰宅ラッシュは避けたが、週末ということもあって乗客のテンションや乗車率も高いように感じる。こういう時、職場から電車一本で帰れる所に引っ越して正解だといつもなら思うのだが。

できれば次の更新前には亮平と共に暮らしたいと……結婚したいと密かに願っている自分に気がついた。たとえ電車一本で帰れない場所に住むことになってもかまわないから。

「先週の合コン、マジはずれだったわ。ブサイクと低年収のオンパレード」

「うっわ、最悪〜」

運良く座ることのできた美雪の前に立った女性二人が、そんな会話をし始めた。

膝の上に乗せたバッグから少しずつ視線をずらし、美雪は二人の顔や格好を盗み見る。

 

――外見は悪い方じゃないけど……そういうことをこういう場所で言っちゃう可愛げの無さがにじみ出てるんだよなァ。

 

好き勝手合コンに来た男とやらを批評し始めた二人の声をBGMに、美雪は数時間前に行われた浦安の歓迎会を思い出していた。

案の定というか、浦安は非常に面倒臭い人だった。

最初の内は良かった。浦安のいた店舗の話で大いに盛り上がれた。

だけど酒が回ってきた頃、だんだんと浦安は一課と二課の営業マンに向かって「あんたらどうせこういう女が好きなんでしょ〜?」などと、美雪を指してよくわからない主張をし始めた。要約すると、美雪のような女は一皮剥くとどうたら、私がオススメするのは二課の営業のなんたらちゃん……とのこと。

たいして接点を持ったことの無かった二課のなんたらちゃんと一緒に引き攣った笑顔を浮かべながら、美雪はその後の展開が嫌というほど読めてしまっていた。

一度浦安がトイレで席を立った隙に、しらけたムードをとりなすようにそれぞれが席替えをして心機一転を図った。何人かの営業たちが、同情するように美雪の近くに座るのもわかった。

そして浦安が戻ってきて……予想通り、浦安は美雪に対し敵意を向けてきた。

自分自身で男たちが引くような行動をしておきながら、何故かその怒りは男たちから好かれる努力をしている美雪のような女たちに向ける。

あまりにもテンプレすぎる浦安の行動に、美雪は不快感すら湧かなかった。

むしろ今の美雪にとって、心のしこりはそこではない。

 

――結局どんなにモテていようが、結婚というゴールで見るなら……私も浦安さんも同レベルってことなのかな。

 

そう考えるだけで、どんどん暗鬱な気持ちが湧き起こる。

十年前の自分は、三十歳になったらもう結婚していて、むしろ子供だっているぐらいの想像をしていた。だけど気付けば、子供どころか結婚の気配すら無いのが現状だ。

亮平は気さくで優しいタイプでそこが好きではあるが、結婚についてとくに何も考えていないようなのんびりした姿勢には、最近酷く腹が立つ。

 

――女にも恋愛感情にも賞味期限がある。男はどうしてそれがわからないんだろう。

 

釣った魚に餌はやらない……というほど亮平は悪どくないが、手に入れたところで満足している辺り、違う意味で悪どく感じる。

危機感が足りないのかと思って、今日の帰りが遅くなる理由もハッキリ歓迎会だと伝えなかった。会社の人とちょっと……と、言ってみたが、たぶん何も伝わっていないのだろう。言われたことを額面通り受けとめる男なのだ、亮平は。

 

――『結婚』できないのに、モテる意味ってあるのかな。

 

明日から休みだというのに、どんどん気持ちが落ちていく。

気付けば前に立っていた女性二人はいなくなっていたし、だいぶ乗客も減った。それに次の駅は亮平の家がある駅だ。そこから二駅先が美雪の降りる駅である。

電車はゆるやかに亮平の家がある駅に着いた。何度か亮平の家にも行ったので、この駅もすでに見慣れていた。だからつい癖で、ホームや降りる人の顔ぶれなどを眺めてしまう。

と、美雪は一度視界から弾いた男女を、もう一度視界に入れ直した。

ホームの柱の傍に立つ、一組の男女。

女性の方に覚えは無かった。あえて言うなら、非常に地味……というか、だいぶダサい格好をしているという印象しか残らない女性だ。

しかしその女性の前に立つ……美雪に背を向けて立つ男の姿にはすぐにピンと来た。

知り合いというのは、どうして背を向けていてもわかってしまうのだろう。

笑っているのか、少し動いた拍子に見えた男の横顔は、やはり亮平だった。

二人の態度からはどう見ても付き合いの浅さを感じなかったし、亮平に至っては見たこともない積極さで女性側にツッコミを入れるなどといったボディタッチも軽々と行っている。

どうやら女性は上りの電車に乗るらしく、ホームを挟んだ向こう側に電車が到着すると名残惜しそうに亮平に別れの挨拶をしていた。亮平も軽く手を上げている。

二人の動向に釘付けになっていたが、先にこちらの電車が発車してしまい、最後までその行く末を見ることはできなかった。

「………」

美雪は、しばらく窓の外に視線を固定したままでいた。地下鉄ゆえ、真っ暗な外壁しか見えないにも関わらず。

ぼんやりとしていた思考が、徐々に徐々にクリアになってくる。そしてクリアになった端から、黒々とした暗雲が立ち込め始めた。

友人とか会社の人という可能性もある。だけど、そういう関係の女性だという可能性もまた、ゼロでは無い。

何より、『モテ系』でいることに疲れ始めていたこのタイミングで、『モテ系』とは全く真逆の女性と亮平が親しげにしていたという点が、とにかく美雪の心を抉るのだった。

 

to be continued…

【連載】第一話・選ばれない女(後編)〜Menjoy!できない女たち〜

 

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