【連載】第二話・約束されない女(後編)〜Menjoy!できない女たち〜

【連載】第二話・約束されない女(後編)〜Menjoy!できない女たち〜

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「女にも恋愛感情にも賞味期限がある。男はどうしてそれがわからないんだろう」…… “アラサーのモテ系、だけど結婚の約束をされない自分自身”に苦悩する美雪(みゆき)は、知らない女と仲良くしている彼氏の姿を見てしまい――。女性の誰もが苦しむ「モテと結婚のプレッシャー」を描いた“約束されない女”の結末は……!?

【第二話・約束されない女】前編はコチラから

「美雪ちゃん、ホント綺麗だよねー。なんか特別なお手入れとかしてる? あたし最近シワばっか目立っちゃってさー」

頬杖をついてため息混じりにそう告げるいとこの顔には、確かに疲れを感じさせるシワが目立っていた。すっぴんなのでシワどころかシミもいくつか発見したし、髪の毛も櫛(くし)を入れていないのかボサボサだ。

一方の美雪は、実家だというにも関わらず膝上丈のワンピースだ。当然メイクもバッチリだし、美容院には昨日行ってきたばかりである。

それでも美雪は、疲れたルックスのイトコの姿に、むしろ悔しささえ感じていた。

「んー、とくにはしてないよォ? あ、一応フルーツを朝食べるようにしてるかなァ」

「フルーツかぁ。旦那も子供もあんま好きじゃないから、朝食に出し辛いんだよね〜」

苦笑するイトコの目は、それでも愛しそうに隣の部屋で積み木遊びをしている旦那と子供の方へ向けられている。

自分より若い女性が結婚したり子供を産んだりする報告はそれなりにスルーしてきたが、二つ年下のこのイトコに先を越された時はさすがにこたえた。

外ではそれなりに周りが言葉を選んでくれるが、身内はそうもいかない。

旦那と子供のもとへ向かったイトコと入れ替わりに、美雪の母がこちらにやって来る。

「あんた、仕事はどうなの?」

「上手くやってるよ」

「職場でもそういう格好してるの?」

「毎日じゃないけどね」

銀行に勤めていた母からすれば、こんな格好で仕事をするなど信じられないだろう。

そもそも母は、モテだとか恋愛だとかには疎い方だ。

顔立ちもとくに華があるわけではないし、化粧もそこまで上手くない。さらにセンスも持ち合わせていないので、小さい頃、母の買う地味な洋服を着るのが苦痛だった。その反動か、自分で洋服を買えるようになった頃、短いスカートや谷間の見えるトップスを買ってきて、よく母と揉めたものである。

ただ、成人してからはさすがにそこまでうるさく言ってこなくなった。その代わりに別のことをうるさく言うようになったが。

「……最近、亮平(りょうへい)くんとはどうなの?」

不自然に間を置いた後、どこか含みのある言い方をされる。

美雪は母が何を言いたいのかすぐに察し、先手を打っておく。

「よく会ってデートとかしてるよ? お互いに仕事忙しいから、時間取るの難しいけどね」

仕事の部分を強調した。そうでもしないと、母の口から次に出てくるのは「同居」か「結婚」のことだ。

二十五歳を越えたあたりから、例に漏れず母は結婚のことを口にするようになった。

当然それは年々増してくるし、二つ年下のイトコが結婚して子供まで産んでからは、結婚の話だけでなく子供についてまで口を出すようになってきた。

それでも友人や同僚が体験した「母親からの結婚攻撃」よりはまだまだマシな部類だろう。何せ、彼がいると言っているにも関わらず、実家に帰ったら知らない男性とのお見合いを仕組まれていた、なんて話もあるぐらいだ。

そこまで母が分別無い人間でなかったのは助かるが、結婚や子供についてプレッシャーを与えてくることには変わりない。

最近はそれが嫌で、今日みたいにイトコが来るついでくらいじゃないと実家への足は遠ざかる一方だ。

「仕事、忙しいのね。大変だと思うけど……でも、仕事ばっかりにならないか心配だわ」

仕事に根を詰めないよう心配するような口ぶりだが、その裏にあるのは、“仕事だけじゃなく結婚や子供のことにも目を向けてほしい”というプレッシャーであることを美雪は知っている。

素直に母の言葉を受け取れず、美雪はスマホをいじり始めた。とくにすることもなかったが、母を真正面から受けとめる気にはとてもなれない。

しかし今度は母の目が、スマホケースやネイル辺りに向けられているのに気が付いた。

美雪は眉根を寄せ、おおよそ男の前では見せたことのない恐い表情をスマホから母へと向けた。

「……何?」

「美雪って、昔からそういうの好きね、と思って」

「そういうのって?」

「そういう、キラキラした可愛いの」

「悪い?」

なんだか歯に詰まるものの言い方だったので、さすがの美雪もつっけんどんに返した。

すると母は、文字通り困った子供を見るような表情で苦笑する。

「あんたももう三十越えたんだから、いつまでもそんな若者ぶった格好するのはどうかと思っただけよ」

カッと湧き上がった怒りが、それでも脳内に浮かんだ先日の亮平の姿でかき消された。

 

向かいのホームに立っていた、よく知る彼氏の背中と、全く知らない女の笑顔。

亮平が目の前の女に心を開いていることが、背中越しでもわかった。

 

ねえ亮平くん。

私たちもう三十歳だよ?

亮平くんに愛してもらえるように、身なりも中身も飾り続けているんだよ?

なのにどうして「結婚」の約束をしてくれないの?

そんな女と笑い合ってる余裕なんて、あると思ってるの?

 

「ねえねえ、晩御飯どうするー?」

隣の部屋からイトコの声が割って入った。

母とイトコは寿司だの焼肉だの、今晩のメニューを挙げている。

そんな二人のやり取りをしばらくぼんやりと聞いていた美雪は、無言で立ち上がり帰り支度を始めた。

二人には明日用事があることだけ告げ、足早に……逃げるように実家を後にする。とても今のメンタルで、母や、旦那にも子供にも恵まれているイトコと一緒に夕食を囲むことはできなかった。

――若者ぶった格好……

地下鉄に揺られながら、窓に映った自分の姿を改めて視認する。

思わず母からの言葉が口から零(こぼ)れたが、受けとめることも否定することもできない自分に嫌気が増すばかりだった。

 

* * * * *

 

一体いつから自分に、相手の左手の薬指を確認する癖がついたのだろうか。

最近は、自分よりずっと若い女性の左手の薬指に光るものがあると、一気に胃が重くなる。

自分よりもずっとずぼらな身だしなみの女性たちが、それでも自分よりも早く結婚していっている現状。

アラサーのモテ系……なのに結婚できない自分への虚しさがますます募っていく。

 

「着替えこんなんしかないけど……」

亮平から渡された寝間着は、そこらで見かける男物のジャージだった。

いつもだったら『ジェラートピケ』のとっておきを用意する。寝る時だって手を抜かないからこその「モテ」だ。

だけど今日は急な来訪だった。

実家から自宅へと戻ろうとした美雪は、言葉にできない焦燥感に駆られ、亮平の家へと赴いた。いてもたってもいられなかったのだ。

「珍しいね。急に来るなんて」

「……うん。突然ごめんね」

「全然。嬉しいよ」

ほがらかに笑う亮平を見て、少し心が落ち着いた。亮平のこういった、安心感を与えてくれるところが好きだ。

だけどその反面、おっとりというかのんびりしているところにイライラする時もある。苗字から名前呼びに変わるまでにも、けっこう時間を要した。まるで初々しい学生の付き合いのようで、美雪はじれったささえ覚えた。

そしていつまでも「結婚」の話が出ないのは、そういう性格が災いしているからだと思う。

「なんかあった?」

亮平が控え目に尋ねてくる。

美雪はしばらく無言のまま、自分が着てきた服を畳み続けた。言いたいことが山ほどあって、口にする言葉の整理ができていない。

 

この間の女性は誰なのか。

自分より年下のイトコが産んだ子供はとても元気だった。

親から結婚の催促をされるプレッシャーは、あなたには無いの?

私いつまで待てばいいの?

 

軽い気持ちで口を開けば、醜いヒステリックを見せることだろう。

だから美雪は、涙をこらえるように奥歯を噛み締めた。

「あー……まあ、なんも無くても来てもらってかまわないんだけどさ」

さすがの亮平も、なんとなくその空気を察してか、当たり障りのないことへと話題を変えた。

最近の業務内容から、大学時代からの共通の友人である明美(あけみ)とまた食事に行こうと話す亮平を横目に、美雪は着ていた服をまとめ終える。

すると亮平が、今度はその服について話題を移した。

「美雪、そういう服好きだよな」

たぶん、亮平からすると何気ない一言だったのだと思う。

しかし今の美雪にとって、その話題は地雷そのものだった。

美雪は口端が引き攣るのを感じながら、亮平の方を向いた。

「うん、好きだよ。男の人ってみんなこういう服好きだもん」

あえて他の男を匂わせるような、トゲのある言い方をする。

だけどのんびりした性格の亮平に、気にせず話題を繋いだ。

 

「そう? 俺はそういう服、昔からちょっと苦手なんだよね」

 

ドンッと鈍い音が鳴る。

それは美雪が、込み上がった感情に任せて近くにあったテーブルに拳を置いた音だった。

一体何事かと目を丸くする亮平を前に、美雪は今度こそ口からあらゆる言葉が飛び出した。

「だから結婚してくれないの?」

「え?」

「だったら三十にもなってこういう若者ぶった格好してる私より、この間駅のホームで一緒だった女の人と結婚すればいいんじゃないかなァ」

「え……あの……」

「私は、亮平くんに喜んでもらいたくてこういう格好してるのに……ッ! こんな年齢でもこんな格好するのは結婚したいからなのに……亮平くんに嫌われたくないからなのに! 私は……私は何のためにこんな努力してるのかなァッ!?」

自分自身の声が、いつまでも耳にこびりついた。

室内が静まり返り、少し開けていた窓の隙間から通りを歩く女性のヒールの音が聞こえてくる。

美雪は顔を伏せたまま、先程テーブルの上に置いた拳を握りしめる。

こんなにも感情が爆発したのは何年ぶりだろうか。

そもそも男相手に、こんなヒステリックな態度を見せたことなど多分一度も無い。

そう思うと、そういう意味で亮平は特別な存在なのだと改めて感じた。

しかしこの醜態を最後に、亮平から別れを切り出されたっておかしくないということも感じていた。

 

「……あのさ」

 

間を置いて、今まで止めていた息を吐き出すように亮平が緊張を解いて話し始めた。

美雪は顔を伏せたまま、親から叱られるのを耐えるように目をかたく瞑った。

「なんか色々、ごめん。でも、あの……俺そういうことが言いたいんじゃなくて……」

「………」

「だからつまり……俺は、べつにそういう服を着てる美雪だから好きになったわけじゃないっていうか……」

「……え?」

思わず、美雪は顔を上げる。

亮平の困ったような焦ったような……それでもどこか男らしい表情がそこにあった。

「言葉が悪くてごめん。ただ、俺って美雪と違ってあんまモテないから……そういう、モテる女性の格好って今でも気後れしちゃうんだよ。だからそういう服はどうしても苦手でさ……」

「………」

「だけど、まさかそういう服が似合う美雪と付き合えると思ってなくて、今でも信じられないし、すっげー嬉しいと思ってて。それに……そもそも服装で好きになったわけじゃないんだよって言いたかった」

「………」

「あと……美雪はそういうモテる服じゃなくても、最高に可愛いよ」

言われて美雪は、自分が今、亮平から借りた男物のダサいジャージを身にまとっていることを思い出した。

瞬間、一気に頭が冷えた。

同時に、亮平が口にした言葉の意味が、じんわりと心に染み入る。

「あ……亮平くん、ごめん。私……」

「いや、この間も俺、結婚のことで明美に怒られたんだ。美雪の気持ち考えたら結婚の話が出るのも当然、って。お袋にも、あんたは何でものんびりし過ぎなんだってよく言われてて……」

そこで言葉を区切った亮平は、改めて美雪と向かい合った。

「待たせてごめん。結婚のこと、今からでもちゃんと話し合おう」

 

ずっと待っていた言葉がそこにあった。

だけどそれ以上に、「モテ系ではない自分を愛してくれる亮平」に涙が止まらなくなった。

マスカラやファンデーションが落ちることも忘れ、美雪は堰を切ったように泣き出す。

亮平は、苦笑しながら抱きしめてくれた。

「……ちなみに」

耳元で、亮平が告げる。

「美雪がさっき言ってた、駅のホームで一緒だった女の人って……たぶんだけどイトコの心晴(こはる)のことだと思う」

「えっ」

「割と地味な感じの……」

表現を濁す亮平に、美雪は涙を拭いながら笑った。

気付けば背中に床があたり、亮平が覆い被さってきているのがわかった。

天井を背にした亮平は、胸がときめくほどオスの顔をしている。

「……嫉妬してくれたの?」

「そうだよォ」

甘えるように囁きながら、先にこちらからキスを仕掛けた。

 

――最終的に私たちは、服もモテも全て脱ぎ去って、まっさらのまま愛し合うんだ。

 

約束の無い「モテ」をようやく脱ぎ捨てることができた美雪は、一切着飾らない自分自身を亮平に委ねるのだった。

『第二話・約束されない女』END.

 

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