本当の「優しさ」を手に入れるには?

本当の「優しさ」を手に入れるには?

本当の「優しさ」を手に入れるには?

例えば現代の医学ではどうしようもない難病に侵されて、余命が1週間と宣告された人がいたとしましょう。

この患者から「私は死ぬのですか?」と聞かれた際に、皆さまならどう回答しますか?

「あなたは助かりません。もうすぐ死にます」と真実を告げるのか。それとも「大丈夫、きっと助かりますよ」と嘘を言うのか。

どちらが正解というわけでは御座いませんが、おそらく多くの方は助かると嘘を付き、そしてそれこそが優しさであると考えることでしょう。

私もそう思います。死が確定している人間に、今さら「死にます」なんて伝えても仕方がありません。言葉は悪くなりますが、どうせ死んでしまうのですから、せめて「生きられるかも」という希望を抱いたまま死なせてあげるのが優しさではないかと私は考えます。

それではこの余命が1週間ではなく1カ月であったら? 1カ月ではなく1年であったら? 1年でなく10年であったら?

皆さまはどうされるでしょうか?

■本当の優しさとは?

以前、とあるバーに行った時、お客様の中に非常に太っている男性がいらっしゃいました。

モテるとかモテないの問題ではなく、健康問題が発生しているであろうレベルの巨漢。失礼ながら、私もダイエットが必要だと感じました。

私以外のお客さまや店員さんもそう感じていたのでしょう。いつの間にかバーの中はダイエットの話題になり、お客さまや店員さんが「痩せたらモテるよ」とか「健康的にも痩せた方がいいよ」とか「炭水化物ダイエットがいいよ」というような話をしておりました。

彼らは、ほぼ間違いなく「優しさ」からその言葉を言ったことでしょう。彼が痩せたらモテるかどうかは知りませんが、少なくとも健康面で考えれば痩せた方が良いのは間違いありませんから。

しかし、そんな中で1人だけみんなとは違うことを言う女性がいました。

彼女はおもむろにこう切り出したのです。

「でも、今はマスコットみたいでかわいいのに……痩せたらもったいないよ」と。

モテる、モテないの問題にしても、健康の問題にしても、彼が痩せた方がいいのは間違いありません。そして私は、これを言った女性と知り合いなので断言しますが、彼女はその太った男性のことを、マスコットなどとかけらも思っていなかったでしょう。

彼の健康面を真剣に考えて「痩せた方がいい」と忠告した方と、彼の健康のことなど何も考えずに「そのままでいいよ」と言った女性。

この2人のうち、優しいのは一体どちらでしょうか?

■耳障りの良いことを伝えるのも優しさ

少なくともその太った男性に対して「優しさ」を持っていたのは、健康面のことを考えていた方々でしょう。

しかし、結果を考えて彼に対して優しさを施していたのは、彼の健康のことなど何も考えていなかった女性であったと思います。

なぜならば、彼のことを心配して彼らがどれだけ必死にダイエットのアドバイスをしたとしても、その太った男性はきっとダイエットなどしないから。

つまり、彼のためにアドバイスをしていた彼らは、ただただ彼に対して耳の痛いことを言って傷つけたくせに、彼の人生を何一つ変えられませんでした。

一方で、彼に対して「そのままでいいよ」と適当なことを言った彼女は、確かに彼の人生を良い方向には変えていないものの、彼に耳障りの良いことを言って、少なくともその瞬間は彼を幸せにしたのです。

どの道、人生が何も変わらないのであれば、せめてその瞬間だけでも幸せにしてあげることこそが優しさともいえます。

どうせ亡くなる運命の難病患者に「大丈夫だよ」と耳障りの良いことを言うのが優しさだと感じることがあるように、どうせダイエットをしないのであれば、せめて「痩せなくてもいいよ」と言うのが優しさなのかもしれません。

■「甘やかすだけ」「厳しいだけ」は優しさではない

もちろん甘やかすことだけが優しさでは御座いません。時には厳しく接し、相手の問題点を指摘してあげるのも優しさでしょう。

しかし、前述した通り、厳しくすることだけが優しさでもありません。

誰が何と言おうとダイエットをしないであろう彼に、「ダイエットをした方がいい」と厳しい言葉をかけるのは、彼にとって不快でしかありません。確かに、指摘をしていた彼らは太った彼のことを心配した優しさの持ち主だったのかもしれませんが、彼のことを何一つ幸せにはしなかったのです。

一方で、「そのままでいいよ」と無責任なことを言った彼女は「病気はきっと治りますよ」と言ったようなもの。これは、どうせ人生が何も変わらないのであれば、せめて幸せな気分のまま見送ってあげようという優しさでもあるのです。

この2つのどちらが本当の優しさで、どちらが偽物かなんて話は無意味でしょう。

ですが、おそらくダイエットする気がかけらも無い太った彼は、きっと彼女の言葉を聞いた時に「優しい」と感じたことと思います。

■「優しさ」は相手が決めること

何が本当の優しさかなんて、最終的には受け取る側がどう思うかで決まるもの。

本人に優しさのかけらも無かったとしても、受け取った相手からすると優しいと思うことも御座いますし、逆に本気で心配したとしても、相手からすれば不快この上ないことである可能性も十分に御座います。

本物の優しさなんていうものがあるかどうかは正直分かりません。しかし、それを決める人間がいるとしたら、それは「その優しさを受け取った人」が決めるものなのです。

ですので、私たちができることは、自分にとっての優しさを精一杯示すだけ。それが本物かどうかなんて相手次第なので、我々が悩んでも仕方がないことなのです。

(ラブホの上野さん)

※画像はイメージです

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