「雨傘運動と抗議デモで香港映画は逆に強くなった」。「香港映画祭2021」のキュレーター、リム・カーワイ監督に聞く

「香港映画は死んだ」と言われてきた。過去、中国の映画産業が巨大化し、香港の映画人たちが誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように、中国に渡った。2008年の北京五輪をひとつの境界点として、彼らは、香港映画のノウハウと技術を持ち込み、巨万の富を築いた。徐克(ツイ・ハーク)、劉徳華(アンディ・ラウ)、周星馳(チャウ・シンチー)らの監督、スターたちだ。香港映画産業は空洞化し、かつて年間数百本を産出し、「東洋のハリウッド」と呼ばれた香港での作品数は激減した。

ところが、香港映画は死んでいなかった。むしろ強くなって戻ってきた。そんな実感を与えてくれるのが、「香港映画祭2021」である。主に、この5年ほどの間に制作され、日本未公開の香港映画4作を、大阪、京都、兵庫、愛知、東京で上映する。そのキュレーターを務めたマレーシア出身の映画監督、リム・カーワイさんに話を聞いた。

1_香港映画1.jpg■リム・カーワイ
マレーシア出身。1993年に日本に留学し、98年に大阪大学基礎工学部電気工学科を卒業。東京の外資系通信会社で勤務したのち、北京電影学院の監督コースに入る。2009年、『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』で長編デビュー。日本、中国、香港、東欧を漂流しながら映画を制作。最新作『COM&GOカム・アンド・ゴー』が劇場公開中

■きっかけは2014年の雨傘運動

リムさんは、マレーシアで生まれ育ち、日本の大学に留学。電気工学を学んで卒業後に国際電話会社に就職したが、映画監督になるために脱サラして北京電影学院に入った。中国で映画監督デビューし、現在は大阪を拠点に映画製作を続けている。最近上映が始まった話題作『COM&GOカム・アンド・ゴー』もリムさんの作品だ。

今年開催された「2021香港インディペンデント映画祭」に続き、本映画祭でも香港映画のキュレーターを務める。父はマレーシア華人の客家系で、母親は広東系。家庭の共通語は広東語だったというから、広東語が主要言語である香港映画のキュレーターにはうってつけの人材だ。

リムさんは「香港映画が死んだと考えるのは早すぎる。むしろ元気に強くなっています。きっかけは2014年の雨傘運動でした」と話す。

雨傘運動では、香港の「普通選挙」を求める学生や市民団体が、金融街セントラルを79日間にわたって占拠した。運動そのものは民主化への譲歩を引き出せないまま終止符を打ったが、一方、そこでエネルギーを注ぎ込まれたのが香港の映画界だったと、リムさんは考える。

雨傘運動以後、『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2018年に日本公開)などのドキュメンタリーが制作された。いずれも単なる運動の記録にとどまらず、参加者たちの内面に迫ったクオリティの高い作品だった。

■香港映画とは何か、香港とは何か

現在、2019年に香港で起きた大規模な民主化デモを題材にしたドキュメンタリーも話題を呼んでいる。今年夏のカンヌ国際映画祭でサプライズ上映された『時代革命』は11月28日、台湾の映画賞「金馬奨」で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。『理大囲城』は今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭2021で香港映画として初めて大賞を獲得した。立法会(議会)選挙の一部始終を描いた『立法会占拠』も優れた作品として評価を受けている。

「雨傘運動で、香港の未来を考える危機感が広がり、香港という土地や香港人のアイデンティティが問われる形になり、香港社会の団結が強まりました。映画人たちも、香港映画とは何か、香港とは何か、ということを深く考えるようになったのだと思います。その中で、若い創作者たちが、ドキュメンタリーを撮ったり、香港の社会問題、格差問題、LGBT問題、貧困問題などを取り上げる映画を撮ったりするようになり、ヒットも飛ばしています。中国との合作映画は香港であまり興行成績がよくありません。香港社会と中国社会では、一般の人々の価値観になお大きな隔たりがあるからです」(リムさん)

■リムさんの一押しの上映作品

今回の「香港映画祭2021」はどれも力作ぞろいだが、リムさんの一押しは2020年の周冠威(キウイ・チョウ)監督の『夢の向こうに』(原題:幻愛)。香港の未来を描いた話題作『十年』で監督のひとりを務め、カンヌ国際映画祭や東京国際映画祭でサプライズ上映された『時代革命』の監督を務めるなど、政治派・社会派の作品を撮ってきた周監督だが、この作品は、統合失調症や家庭内暴力を抱える若者同士のラブストリーだ。

「どんどん引き込まれる内容で、ストーリーテリングの面でも周監督は実力を示しています」(リムさん)。

『夢の向こうに』(原題:幻愛/2020年) キウイ・チョウ監督 (C)香港映画祭2021

ほかにも『最初の半歩』(原題:點五歩)は、1980年代に香港で実際にあった少年野球チームの快挙を基にした作品だ。落ちこぼれの若者たちが、野球を通して自分たちの人生を切り開くべきだという校長の熱意に徐々に動かされ、素人の未経験者しかいなかったチームが、さまざまな挫折を経ながら、ついには全香港の野球大会で優勝を争うところまで成長していくストーリーである。
 
こうした香港独自の「歴史」を掘り下げ、香港社会の共同記憶を呼び覚まして、「香港は香港で中国とは違う」という香港アイデンティティの価値観に訴えていく内容の作品も、雨傘運動以降に「本土性」を強めた香港映画の作風のひとつの特徴となっており、そうした観点からもこの作品を楽しむこともできるだろう。

『最初の半歩』(原題:點五部/2016年) スティーブン・チャン監督 (C)香港映画祭2021

■香港映画にさらなる試練

明るい兆しの見えている香港映画だが、さらなる試練は続く。この10月、「国家の安全に危害を加える恐れがある」と当局が判断した映画の上映許可を、過去にも遡って取り消すことができる映画検閲条令の改正案が可決された。

映画産業界には改めて「香港映画は死ぬかもしれない」との危機感が漂う。条例は一種の映画人たちへの「自主検閲」を求める狙いもあるとみられる。「いかに審査に引っかからないか」。それを考えながら作品を作っていく心理に映画人たちは追い込まれるだろう。

この「香港映画祭2021」でも、当初は上映予定に入っていた『幸福な私』『深秋の愛』『暗色天堂』は、12月2日から上映中止になったことが突如、映画祭主催者から発表された。この3作品の権利元から、11月30日になって上映許可の取り消しが伝えられたという。今のところ権利元がなぜそうした決定を行なったのか理由は定かではないが、契約面でのトラブルはないとされ、検閲条令の改正や国家安全維持法への懸念が背景にある可能性もある。

しかし、香港映画の「しぶとさ」を知るリムさんは前向きに考えている。「確かに厳しい状況ですが、香港の人たちはいろいろ知恵を働かせながら、抜け道を探していくでしょう。映画の世界で、新しい表現、新しい映像を作ってくれるはずです」

香港では12月19日に立法会選挙が実施される。今年に入って行なわれた選挙制度の変更によって、ほとんどが親中派しか立候補できない状況になっている。常に、政府提案の議案が満場一致に近い形で採択される中国の全国人民代表大会(全人代)に似た形になることで、政治の「中国化」は避けられそうにない。

 映画まで「中国化」が及ぶのかどうか。楽観はできないが、香港映画の生命力の強さを信じたい。「香港映画祭2021」は、そのいいチャンスになるだろう。

香港映画には危機感が漂うが、「新しい表現、新しい映像を作ってくれるはず」と語るカーワイさん

★「香港映画祭2021」上映スケジュール
11月27日(土)〜12月3日(金) シネ・ヌーヴォ(大阪)
12月3日(金)〜12月9日(木) 出町座(京都)
12月11日(土)〜12月17日(金) 元町映画館(兵庫)
12月18日(土)〜12月24日(金) シネマスコーレ(愛知)
12月29日(水)、30日(木) ユーロライブ(東京)

取材・文・写真/野嶋 剛

関連記事(外部サイト)