権力の肥大化、過重労働、格差......現代社会の闇は「縄文時代の終焉」から始まった

権力の肥大化、過重労働、格差......現代社会の闇は「縄文時代の終焉」から始まった

「1日4時間働けば幸せに暮らせた」縄文時代の終焉により、始まったものはなんなのか? 『縄文探検隊の記録』の著者である小説家の夢枕獏氏と考古学者の岡村道雄氏が語り合う

話題の新刊『縄文探検隊の記録』(インターナショナル新書)の共著者である、小説家の夢枕獏氏と考古学者の岡村道雄氏による対談。前編では、縄文時代の暮らしの実態から、労働と幸福の不可分な関係性が浮かび上がった。つまりヒトはなんのために働いているのだろうということだ。

「1日4時間働けば幸せに暮らせた」縄文時代も、やがて終焉に向かう。次にやってきたのはコメを中心とする農耕社会。扶養力が格段に高く、人口の増加を促し社会の構造を高度なものにした。世界的にも、農耕はのちの企業社会に直結する大革命である。だが、労働に潜む闇はその頃から忍びよっていたらしい。

***

夢枕 縄文の次の時代は弥生で、弥生とは大陸から到来した新技術の稲作が本格的に始まった時代を指します。以来、日本列島ではコメが中心的な食べ物になってきました。誰もが認めるようにコメはおいしいし、栄養があるし、生産性も高い。

にもかかわらず、弥生時代に使われていた土器は素っ気ないものになっているんじゃないか。縄文時代、あれほど凝って施されていた土器の文様は消え、怖いくらいのエネルギーが感じられなくなっている。いわば実用的な生活道具に変わっていくわけです。この事実だけ見ても、価値観が違っていった、つまり人々の人間性そのものが変わったことを示している気がします。

岡村 確かにコメはすばらしい食べ物で、最大の特徴はきわめて貯蔵性がよいことです。食料の枯渇は切実な問題でしたから、基礎的な扶養力の高い農耕は紛れもない大革命でしたし、その後の世界的な広がりを見れば必然の選択であったといえるでしょう。

食料の貯蔵自体は縄文時代にも行なわれていました。乾燥品や塩蔵品、燻製のような形で保存されていました。クルミやトチの実の場合は殻付きのまま干しておけば数年は蓄えが利きます。しかし、そもそも縄文時代というのは、そんなに長期間、あるいは大量に食料を保存しておく必要がなかったのですよ。

日本列島の自然は、春夏秋冬に加え梅雨と秋雨という特徴的な6つの気候があり、生物生産性が非常に高いことが特徴です。季節ごとにめぐってくる海や山の幸を組み合わせて慎ましく利用していれば、よほどの異変がない限り飢えることはなかった。だから1日4時間ほど働けばよかったのです。

単位面積当たりの収量が多いコメは、余剰を生み出しました。価値のある余剰物は交換性を持ちます。すなわち富で、この分配方法を巡って生まれたのが権力構造です。縄文時代も巨大化した集落では権力のようなものがあった可能性は考えられるのですが、大きくなっていった集落は、どこも自己崩壊しています。

人口が増えるにつれ、狩猟採集社会が大切にしてきた分かち合う、助け合うという感覚とは異なる価値観が芽生え、それが社会に亀裂や矛盾を広げたのではないかと思います。稲作という食糧生産を選んだ弥生の場合、田んぼをさらに開墾し分配量を高める拡大の発想で矛盾を切り抜けてきた。その結果として、古墳時代に向かって権力構造が肥大化していったのだともいえます。

夢枕 そこに過重労働の原型がありそうですね。腹いっぱい食える社会というのは人間にとって絶対的な善なのですけれど、価値観の多様性がなくなっていったような気がします。というか、生きる、暮らすということはそういうもんだと考えるようになってしまったんじゃないか。弥生式の土器の姿から、僕はそういう変容を想像します。

富の再配分をめぐる主導権争いが進むと土地を囲い込む必要が生じ、その仕組みを支える新たな分業......つまり身分制度や税制など、今の社会構造の原型ができていくわけですね。

岡村 やがて貨幣というものが登場しました。労働の価値がコインで量られるようになり、人は経済の単位として組み込まれていくわけです。けれどモノカルチャー(単一の文化)にはどんなものでも弱点があります。

農耕時代には飢饉もひっきりなしに起こっているわけですよ。豊作のときはたしかに腹いっぱい食べられ余剰も蓄積できるけれど、ひとたび旱魃(かんばつ)や冷害、病害虫の大発生が起こると穀物の収穫は壊滅的になります。天変地異が連続すれば蓄えはたちまち尽き、大きな飢餓が発生します。縄文時代は季節に応じさまざまな自然の幸を組み合わせて利用していたので、暮らし自体が飢餓に対するリスクヘッジになっていたのです。

夢枕 飢饉のようなことが起こると社会そのものが崩壊しますから、権力者は必死に仕組みの維持を考えますよね。その結果、さらに労働に励むよう尻を叩かれ、ときにはペナルティもあった。ピンチを切り抜けたら切り抜けたで、これはよい解決法だったとして構造自体は残っていく。産業革命が起き、企業社会になっていっても、世の中の仕組みは変わっていない。それが働き方の問題として噴出しているのだと思います。

岡村 縄文の社会に絶対的な権力者はいませんでした。いわば丸い社会だったのです。シャーマンやリーダーのような立場の人がいたことは副葬品の仮面や翡翠(ひすい)の珠(たま)などからわかっていますが、墓自体は特別大きいわけではありません。つまり埋葬方法に格差はないのです。シャーマンと言っても、イメージは恐山のイタコのようなものだったと思います。

墓の大きさはみんな同じで、出てくる副葬品の違いは、生前のその個人の職分に関係があると考えられます。たとえばウミガメの甲羅やタイの頭骨製ペンダントが出てくる墓は、おそらく漁の腕がよかった男性のものでしょう。縄文の統治構造は、たとえて言うと学校のクラスです。学級委員のことを僕らの時代は級長と呼びましたが、級長は権力者ではありません。給食係や飼育係と同じ役割のひとつでしょう。

しかし、弥生以降、この仕組みは変わっていきます。いつのまにか級長が権力を持つようになり、埋葬方法自体に格差が生まれます。古墳時代がその最たるもので、墓の大きさで権力を誇示したわけです。その後の社会の統治構造は完全なピラミッド形で、権力は世襲されました。つまり個人主義が浸透していくのです。

みんなで役割分担をして社会を支えるという縄文の感覚は消え、人々は働かされているという感覚が強くなったと思います。近代になりやっと民主主義の段階に到達しましたけれど、民主主義の仕組みも完ぺきではありません。みんなで選んだトップに権限が集中すれば、その集団は危機に陥ります。最近の端的な例でいえばカルロス・ゴーン事件ですよ。

夢枕 僕は、ああいう巨額横領事件や、いわゆるブラック労働のような報道を見るたびに思うことがあります。これって信仰の問題なんじゃないかなと。つまり、今の世の中はお金が神様なんです。いわばお金一神教。穀物−権力−貨幣。この流れを継承した企業経済が神として君臨し、グローバル化という名の下でより絶対化しようとしているわけです。

自分は何を生きる拠り所にするか。働き方を変えるということは制度的にも必要ですけれど、まずは自分の価値観を見つめ直すことが必要なのではないでしょうか。お金という神様への信仰に偏りすぎてしまうと、さまざまな神の存在を肯とする縄文人のような精神性はなくなってしまうと思うんですね。

岡村 縄文時代は丸い社会だったと言いましたが、信仰についても同じです。あらゆるものに神が宿ると考えていたし、しばしば祭りを行なっていたのは、平等性を確認し合い、融和を深める知恵だったと思います。つまりコミュニケーションを大事にしていた。今もコミュニケーションという言葉はよく使われますが、どちらかというと仕事を円滑化するための言葉で、私には打算的にも聞こえます。

獏さんがおっしゃったように、まずはお金一神教を疑う。その洗脳構造から自ら抜け出して一定の距離をとる。そして、人間どうしの真の付き合いという意味でのコミュニケーションを大事にする。縄文が教えてくれているのは、こういうことなのだと思います。

■『縄文探検隊の記録』 インターナショナル新書 860円+税

●夢枕 獏(ゆめまくら・ばく) 
小説家。1951年、神奈川県生まれ。東海大学文学部日本文学科卒業。77年作家デビュー。以後、『キマイラ』『サイコダイバー』『闇狩り師』『陰陽師』などの人気シリーズ作品を発表。受賞歴多数

●岡村道雄(おかむら・みちお) 
考古学者。1948年、新潟県生まれ。奥松島縄文村歴史資料館名誉館長、奈良文化財研究所名誉研究員。東北大学大学院史学専攻修了。宮城県東北歴史資料館、文化庁、奈良文化財研究所などで勤務

取材・文/かくまつとむ 撮影/小林鉄兵

関連記事(外部サイト)