画業60年を超える時代マンガの第一人者にして、『AKIRA』の題字を手がけた伝説の劇画家・平田弘史を6つのキーワードで読み解く

画業60年を超える時代マンガの第一人者にして、『AKIRA』の題字を手がけた伝説の劇画家・平田弘史を6つのキーワードで読み解く

武士を描かせたら右に出る者なし。リビングレジェンド、平田弘史先生を直撃!

武士を描かせたら右に出る者なし。豪胆な線と、深い時代考証で時代マンガの新たな地平に挑み続けたリビングレジェンド、平田弘史(ひらた・ひろし)を、6つのキーワードで読み解いていく。

【キーワード1】劇画との出会い

今から82年前――。日中戦争が勃発した1937年、平田弘史先生は東京都板橋区に生まれた。8歳のときに戦火を逃れて奈良県に疎開。21歳で貸本マンガ家としてのキャリアをスタートさせた。後に"伝説"と呼ばれる作家は、そもそもなぜ筆一本で生きる道を選んだのか?

「戦後しばらくたって17歳で父を亡くした。もともとが貧しい家で、俺は一家の長として弟と妹たち、おふくろ、自分を入れて7人の生活を守らねばならない立場になった。

そんなある日、中学の先輩で貸本マンガ家になった宮地正弘さんと乗り換えた駅でばったり会ってね。『平田、おまえならやれる! おまえより絵がへたなやつでもやれてるから、マンガで飯が食えるぞ』と言われて、じゃあやってみるかと。

いきなりひと晩で16ページを描き上げて、徹夜明けで仕事に行って戻ったら、もう出版社に採用されていた。原稿料は1枚描いて確か200円ほどだった覚えがある。

ちなみに、駅で会った宮地さんはベレー帽に赤と白の格子縞(こうしじま)のシャツを着て、すっかり芸術家みたいでね。よく話を聞いたら、自分もまだマンガ家になって1ヵ月なのに私を誘ったことがわかった。当時は貸本マンガが大いに盛り上がっており、絵を描ける人を常に探していたんだろう」

【キーワード2】武士の本分

1965年にさらなる仕事を求めて上京。作品発表の場を雑誌に移して、時代劇画ブームの一翼を担った。

「そもそもだけど、侍と武士は違う。『侍』は漢字からわかるように『寺の人』。つまり当時の寺は権力の象徴で、侍はイエスマンとして働くわけだ。権力者に命じられれば、無慈悲に人を殺してしまう。

今も同じような現状があるでしょう。復興の現状、消費税の引き上げ、戦闘機の購入......テレビを見ていると『何が民主主義だ!』と叫びたくなるニュースばかり。

今、『首代引受人(くびだいひきうけにん)』の映画化が進行中でそのシナリオにも書いたように、武士はたとえ殿様に命令されたことでも、自分の納得できないことは承服しない。そして、家族を守るためならいかなる権力にも立ち向かっていく。武士はイエスマンじゃない、自らの意志で生きる人間なんだ」

平田作品の多くは下級武士が主役に据えられている。時代に翻弄(ほんろう)されて困窮を極めても、己の哲学を曲げずに必死に生き抜こうと戦い続ける。一貫して下級武士の生きざまにこだわる信念とはいかに?

「自分が底辺にいたから、底辺のことしか知らない。金持ちや権力者に縁がないから、そんなものを描く必要はない! 権威、権力に翻弄され、無慈悲に生きざるをえない人たちを描くのが自分の性には合っていた。『我が剣の握れる迄』という24歳で描いた作品があって、これは俺の家族を思って筆を走らせた。主人公は俺そのもの。

今でも権力に押し潰されていると感じるかだって? (大声で)い〜っぱいある! いまだにある! 山ほどあるから言いだしたらキリがない!」

【キーワード3】切腹のリアル

かの三島由紀夫が絶賛したというリアルな切腹描写は、時に残酷すぎると批判されることもあった。ここで切腹描写の原体験というべきエピソードを、先生の口から語っていただこう。

「あれは19歳のとき、突然、真っ赤に焼けた槍(やり)で後ろから刺されたような激痛に襲われた。弟とおふくろの肩を借りて病院に行くと、悪性の盲腸ですぐ手術をすることに。医者が3人がかりで5時間、ずっとこの目で手術の様子を見ていた。命に関わるから麻酔なしで腹を切られたものの、メスの痛みなんて蚊に食われる程度。

後年、切腹シーンを描きながら思ったね。切腹の痛みなんて大したことないなって。内臓をじかに触られた感触は今でも忘れられないけれど......。痛みは、もっと強い痛みがあれば消え去るものだ」

【キーワード4】テクノロジーの達人

その作風やいでたちから、一見アナログな人物に見えるかもしれないが、平田先生は電子工作や機械いじりの達人としても知られている。実際に部品から映写機を自作するなど、旋盤技術の腕前はプロ顔負け。

1996年にはマッキントッシュ(以下、Mac)を導入し、97年にはMac G3によるデジタル作画に挑戦した『新首代引受人』を発表。マンガ界だけでなく、パソコン業界にも大きな衝撃を与えた。

「初めてMacを使って感動したのは、コピー&ペースト! 拡大、縮小、自由自在! でも、雷が落ちて数週間かけて描いたデータがすべて吹っ飛んだことがあってやめたんだよ。1度じゃなくて2度もあったから、『もうやってられん!』となるでしょう。

大きい声では言えないけど、メーカーはどこもOSを改良ではなく、改悪のアップデートを繰り返すからだんだんいや気が差してね。OS Xは最悪だよな。

音楽機材でいえば、ヤマハのDX7(シンセサイザー)は名機で気に入っていた。音源を100万円ほど買ったものの、エディットする時間がかかりすぎて、サンプラーを買えばよかったと、これもまたいやになった。完成した曲は一曲もない! パソコンや音楽機材に費やした金額だって? う?ん......」

言い淀(よど)む平田先生の隣でインタビューを聞いていた奥さまが突っ込みを入れる。

「家が一軒、建つくらいは使ったんじゃないですか?」

【キーワード5】『AKIRA』と東京

翌年にオリンピック開催を控えた2019年の東京を舞台に描かれたSFマンガの傑作『AKIRA』が再び注目を集めている。同作に携わったクリエーターが集結したNHKスペシャル シリーズ『東京リボーン』(*)が昨年末から始まったからだ。平田先生は『AKIRA』と同様に、同番組の題字を担当している。

「当時、大友克洋(かつひろ)さんの緻密な描写には驚かされました。SFはある意味、現実を突き詰めることが重要で、それは自分が描いてきた作品と共通する部分でもある。

現実が『AKIRA』の世界になっていくことは、当たり前なのかもしれないね。テクノロジーは日進月歩で進化していくもの。(しばし沈黙の後に大声で)今にわかる! 何が起きようとも当然なり!」

*NHKスペシャルシリーズ『東京リボーン』......2020年に向けて変容を続ける東京を全6回シリーズで描く

【キーワード6】愛

平田作品では異色のエッセイマンガ『平田弘史のお父さん物語』に描かれる家族愛についても聞いてみた。

「妻や子供たちは生き神様。表面的には乱暴に接したこともあったけど、仕込み(教えの意味)のない愛は愛じゃない。世の中、誰もが辛苦のなかに生きている。これを乗り越えるための最初の経験は、親からの仕込みしかない。親にも叩かれたことがない人もいるけど、かわいそうなことだ。社会に出たらいったい誰が叱ってくれる?」

再び奥さまの突っ込みが入る。

「昔は夕食のメニューが気に入らないと激高して、ちゃぶ台返しっていうの? モノが飛び交う大ゲンカをしたこともありましたね。お父さんは子供に好き嫌いを言うなって怒るのに」

ご自宅の居間には奥さまが書かれた「愛」と先生が書かれた「愛」が仲良く並んで飾られている。今回のインタビュー取材中、約20年前にハワイで実弾射撃をして耳を悪くされた先生の耳元で、こちらの質問を的確にかみ砕いて伝えてもらったのが"唯一のアシスタント"として先生を支え続ける奥さまだ。

「お父さんは夜中にペン入れするとき、ラジオのFM放送を流しっぱなしで作業します。それで気に入った曲があるとカセットテープにダビングして、曲名を丁寧に書いたラベルをつけてプレゼントしてくれました。そうそう、FMで聴いた由紀さおりさんの『夜明けのスキャット』に感動してファンレターを出したこともありましたね(笑)」

最後の質問を先生にぶつける。数々の傑作で読者を興奮させ、趣味の電子工作を極め、家族を愛し、人生を楽しみ尽くす。『週刊プレイボーイ』が思い描く理想のオトコこそ、平田先生ではないでしょうか?

「ワッハッハ。まぁ、そうかもしれないね。すべて生き神様のおかげでしょう。この頃は妻のほうが威張って怖いんだけど」

●平田弘史(ひらた・ひろし)
1937年2月9日生まれ、東京都出身。1958年、『愛憎必殺剣』でデビュー。以後、時代マンガの風雲児として健筆を振るう。趣味の機械工作はプロ並みの腕前。2013年に日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞

取材・文/仲田舞衣 撮影/グレート・ザ・歌舞伎町 資料提供/弥生美術館

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