踊れる小説家・二宮敦人が競技ダンスから学んだ「相手を最大限に生かすために理解する」こと

「ひとりではなくパートナーとなる相手が存在していて、運命共同体として一緒に表現する。そのプロセスから学ぶことは決して少なくなかった」と語る二宮敦人氏

小説家・二宮敦人(にのみや・あつと)は実は、キレキレに踊れる元競技ダンス部員だった――。

華やかな衣装に身を包んだ男女が、密着して激しく踊る競技ダンス。しかし、その実態はゴリゴリの体育会気質であり、圧倒的な熱と狂気に満たされた世界なのだという。

大きな話題を呼んだ『最後の秘境 東京藝大』に続く、著者渾身のノンフィクション第2弾『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』(新潮社)。執筆の背景に耳を傾けよう。

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――本作についてお聞きする前に、ベストセラーになった前作『最後の秘境 東京藝大』に触れないわけにはいかないと思います。ホラー小説などを手がけてきた二宮さんが、こうしてノンフィクションを手がけるようになったきっかけは?

二宮 もともとはお酒の席で、担当編集者に藝大出身の妻の話をしたところ、「面白いから本にしましょうよ」と言われたのがきっかけでした。でも、ノンフィクションなんて書いたことがありませんから、逆に「どうやって書いたらいいですか?」と(笑)。とりあえず現役の藝大生にひとりずつインタビューをすることから始めました。

――個性豊かな藝大生の様子は、大きな反響を呼びました。

二宮 僕としてはダメでもともとのつもりで書き進めていたのですが、いい反応が得られたのでホッとしました。これもひとえに、藝大の皆さんの魅力のおかげです。

――それから3年半、満を持してのノンフィクション第2弾です。今度はご自身が大学の部活で4年間打ち込んだ、「競技ダンス」を題材にされました。

二宮 本音を言えば、最初は競技ダンス部時代について書くことに、すごく抵抗があったんです。というのも、この4年間は楽しい記憶がたくさんある半面、二度と思い出したくないこともたくさんあるんです。

――それは具体的には?

二宮 競技ダンスは男女がカップルになって臨む競技だけに、人間関係やその時々の感情で精神的に追いつめられることが多々ありました。僕自身、先輩や後輩に不義理をしてしまったり、トラブルから逃げてしまったりといった後悔がトラウマのように心に刻まれていて、どちらかというと目を背けたくなる感情が先に立っていました。

――はたから見れば若い男女がペアで踊る、ただただうらやましい競技なので、意外です。

二宮 僕も入部するまではそう思っていました(笑)。実際、オフにはみんなで奥多摩へ行き、水着で遊んだりすることもありましたから。でも、2年生の秋に特定のパートナーとカップルになれなかった人は、その後ずっと「シャドー」と呼ばれ、相手がいないままダンスを続けなければなりません。これは当事者にとっては深刻です。

また、本当の恋人同士なのにパートナーになれないカップルも珍しくなく、それを機に部を辞めてしまう人も大勢います。そうしたいざこざを繰り返した結果、引退まで全うした人でも、たいてい心になんらかの傷を抱えていたように思います。

――確かに本作では、そうした当事者たちのつらい心情がリアルにつづられています。それでも競技ダンス部での経験を書こうと決意した理由はなんでしょう。

二宮 目を背けたくなる思い出がたくさんある半面、心のどこかでは、いつかしっかり向き合わなければならない過去だとも感じていたからでしょうね。作家の性分のようなもので、そうしたつらい体験を含めた競技ダンスの面白さを、いつかなんらかの形で世間に伝えたいとずっと思っていましたから。

その意味では、卒部から10年後というのは、過去を冷静に俯瞰(ふかん)するのにちょうどいいタイミングだったのかもしれません。取材の際には、当時の人たちと久しぶりにお会いして積もる話をすることで、少しずつ心が浄化されていくような気持ちになりましたし。

――そんな複雑な人間模様を孕(はら)む、競技ダンスの魅力とは?

二宮 ひとつは、非常に原始的なスポーツで、道具を使うことなく、身体の自由な動きだけで表現できることです。きれいに立ち、きれいに歩くだけで評価されるこの世界は、球技の苦手な自分には性に合ってましたね。それに、鍛錬すればするほど、体を効率よく使えるようになる実感が得られるのもモチベーションにつながりました。

また、実際にやってみて感じるのは、競技ダンスにはコミュニケーションの本質が詰まっているということ。ひとりではなくパートナーとなる相手が存在していて、運命共同体として一緒に表現する。そのプロセスから学ぶことは決して少なくなかったですね。

――具体的にどのようなコミュニケーション作法が身に着きましたか?

二宮 競技ダンスは、こちらが押せば相手は押されるという、物理的なやりとりを通して表現を行なうわけですが、その微妙なニュアンスを伝え合うのがすごく難しいんです。練習を重ねていくなかで、相手に対して「もっとこう動いてほしいな」など、いろんな要望が出てきます。

そこで、「彼女にはこの言い方では伝わらないだろう」とか、「もう少し柔らかい伝え方をしなければ、気を悪くするかもしれない」などと、相手の性格を理解した上で、絶えず考え続けなければなりません。

振り返って、それまで自分は相手のことをそこまでおもんぱかって対話をした経験がなかったことを痛感し、おのずと家族や友人とのコミュニケーションにも気を使うようになりました。伝え方が上達したというより、相手の身になって考える視点が増えたというのが正確でしょう。

――これは社会に出てからも大いに役立つスキルですね。

二宮 そうですね。人間関係というのは、自分の気持ちや意思が相手にどう見えているかが重要だと思います。競技ダンスを始めてからは、特にそれを重視するようになりました。

――作中では「夫婦生活の基本は、ダンスの基本、リード&フォロー」とあります。ダンスに、男女問題を解決するヒントが?

二宮 男がリードするというと、前時代的に思われるかもしれません。でも、「俺についてこい」と言うためには、相手がどのくらいのペースならついてこられるのか、正しく理解する必要があります。リード&フォローの本質はまさしくこれで、相手を最大限に生かすために理解する。これができれば、夫婦円満でいられるはずですよ。

●二宮敦人(にのみや・あつと)
1985年生まれ、東京都出身。「ALL一橋大学体育会競技ダンス部」卒(学部は経済学部)。2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。フィクション、ノンフィクションの別なく、ユニークな着眼と発想、周到な取材に支えられた数々の作品を紡ぎ出し人気を博す。『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(新潮社)、『最後の医者は桜を見上げて君を想う』(TOブックス)など著書多数

■『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』
(新潮社 1650円+税)
大事なことはすべてダンスに教わったような気がする――。ベストセラーになった『最後の秘境 東京藝大』に続く、ノンフィクション第2弾のテーマは著者自身が学生時代に打ち込んだ「競技ダンス」。一見、優雅で華やかと思われる競技ダンスの世界だが、先輩後輩の上下関係はもちろん、実は体力勝負の体育会系、試合に臨むカップルは固定され、そこで選ばれなければ固定カップルになることはない......といった現実が待ち受ける。踊れる小説家が、自身の体験を交えながら、知られざる競技ダンスの裏側を描く
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取材・文/友清 哲 撮影/有高唯之

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