医療現場でさまよう“迷走患者”たちーー医師を“本気にさせる患者”の在り方とは?

医療現場でさまよう“迷走患者”たちーー医師を“本気にさせる患者”の在り方とは?

医師と患者の間に立ち、円滑な意思疎通を図るための手助けをしてくれる「メッセンジャーナース」という活動をする看護師たちもいる(写真はイメージです)

『迷走患者 〈正しい治し方〉はどこにある』著者の岩瀬幸代(さちよ)が、現在の医療の現場と患者たちの苦悩をリポートする短期シリーズ。

第1回では、西洋医療と代替医療の間で迷走する患者たちの姿を紹介した。この第2回では、“医師との信頼関係”を築くにはどうすればいいのかを考える。

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「わからないならわからないで、別の先生に診てもらえるようにしてもらえませんか」

努めて穏やかな口調で、正弘さん(40代、仮名)は妻の担当医に訴えた。風邪をこじらせ、難病の潰瘍性大腸炎が悪化して、妻は行きつけの総合病院に入院していた。症状を抑えるために1〜2週間の予定で始めたはずの断食は1ヵ月以上経った今も続いていた。

詳しい説明を求めても納得できる返事が返ってこない。やがて、担当医が自分では判断できずに他病院の先輩医師に相談していることがわかって冒頭の発言になった。

「これまで4〜5年診てもらって良好な関係を築いていたが、不信感は募る一方でした」と正弘さん。そんな中、2ヵ月経った頃には「大腸全摘出手術」を告げられる。ますます不安を感じてセカンドオピニオンを希望するも承諾をしぶられ、重湯さえ口にできない日々はさらに続いた。

ようやく出身大学の病院で働く専門医を紹介され、会いに行くことができた時には入院から3ヵ月以上経っていた。そして、大学病院の医師はきっぱり言った。「このままではストレスがたまるだけ。即日退院して、食事を再開してください」

ふたりとも愕然とした。もちろん病院を変えた。以来、妻は寛解の日々が続いている。

もし正弘さんが、疑問を口に出せないまま遠慮して医者の指示に従っていたら、大腸は全摘されていたかもしれない。医師と円滑なコミュニケーションを図りつつ、自分の意思を明確に伝える重要性を知らされる。

医者には従うものだという一時代の慣習や、モンスターペイシャントと誤解されることを恐れて、医者に意見することを躊躇(ちゅうちょ)する人は多いけれど、その考えは実はもう古い。患者はもっと積極的に医療に参加することが求められている時代なのだ。

例えば、「インフォームドコンセント」。これを単に医者から説明を聞いて同意する手続きだと思っている人は多いのではないか。本来の意味は、患者本人の自由意志により治療法や検査に同意または拒否することができる、いわば患者の自己決定権が保証されているシステムだ。

セカンドオピニオンも主治医以外の医師から話を聞いて自己決定ができるように守られているのである。つまり、医療の主導権は医師から患者へ移ってきている。

昨今、「患者力」という言葉を聞くようになったが、これも患者主導の流れの中で出てきた造語だ。納得する医療を受けるには、この「患者力」が鍵になる。インフォームドコンセントの場面を含め、自ら症状・病気を理解して医療に参加していく力が医師から求められている時代なのだ。

■医者を本気にさせる患者になる!

『医者で苦労する人、しない人』などの著書で、早くから患者力について説いていた井上眼科病院名誉院長・若倉雅登(わかくら・まさと)医師は、「患者が納得できる医療を受けたいなら、医者を本気にさせないとだめ」と指摘する。

「患者さんの中には、質問しないと何も言わない人がいます。それでは医者は本気にならない。私を真剣に診てと思わせなければ、その他大勢になってしまう。患者にとって担当医はひとりでも、医者にとっては大勢いる中のひとりにすぎないのですから。自分も参加するのだ!という前のめりな姿勢を見せてもらえると、じゃあこういう治療はどうですかと話し合うことができる」

もちろん、そのためには患者も勉強しなければいけないが、「勉強してくださいと話すと、時々『えっ、私が勉強するんですか?』という人がいます。でも、ご自身のことですから勉強してきてくださいと話します」と若倉医師。

実は取材をしていると、他の医師たちからも「患者は勉強が足りない」という意見を聞いた。「多くの患者は今も医師に丸投げ」と若倉医師は語っていたが、おそらく患者のほとんどは医師に丸投げがむしろ当たり前で、患者は従うべき立場であり、そのほうが「いい患者」として扱ってもらえる、と考えているのではないだろうか?

つまり、“患者主導の時代”を意識して「勉強してください」と言う医師側と、患者の意識の間には大きなズレがあるように感じてならない。そんなズレがあっては、いいコミュニケーションは生まれないし、誤解も生みやすい。

医療界では「コンコーダンス」といって、インフォームドコンセントの先の先の概念もすでに許容されているのだという。コンコーダンスとは、患者が医師に近いぐらいの理解力を持って、互いに情報を共有しながら話し合い、治療を選択していくことを意味する。だから我々患者は、その病気の専門家として医師と対等に話し合って構わないのである。節度は必要でも、病気について話し合うための遠慮は必要ない。はっきり言いたいことは言っていいのだ。自分の身体に自分以外の誰も責任を持ってはくれないのだから。

だが、誰も彼もが患者力を高められるわけではないだろう。高齢者には理解が難しい場合も多く、診察の時間的制約もある。そこで若倉医師の発案で始めたのが「特定非営利活動法人・目と心の健康相談室」という電話相談だ。病気や治療を理解できない場合や、病気にまつわる経済面や家族の問題、心の悩みなど診察室ではフォローしきれない幾多の問題をケアしている。

■意思疎通の手助けをしてくれる「メッセンジャーナース」

医師と患者の間に立ち、円滑な意思疎通を図るための手助けをしてくれる「メッセンジャーナース」という活動をする看護師たちもいる。メッセンジャーナースは、両者の懸け橋として活躍するために一定の学習を終えた看護師に付与する認定制度だ。全国に100数名存在し、さらに活動を広げようとしている。

そのひとりである仲野佳代子さんは、医師に思いを伝えられずにいる患者の多さを感じると言う。「嫌われたくない、見放されたくないという思いが先行してしまうようです。でも『大事なことだから聞いていいんですよ。正直にお話しになったほうがいいんですよ』と少し背中を押してあげるだけでも変わる」と話す。

彼らが活躍する場面は様々だ。例えば、ガン告知は今や普通でも、告げられた時は頭の中が真っ白になり、医師の説明が理解できないものだ。こうした場面に同席して心を支える。また胃ろうや人工呼吸を始めるかどうかの選択、代替医療を使ってみたいと希望する人の相談に乗って医師や家族に思いを伝える。

医師からの説明が理解できないまま手術や治療に臨んで後悔することがないようにフォローすることもある。訪問看護、病院、場所も様々だ。また患者との意思疎通がうまく図れるように、医師側にアドバイスを行なうこともあるのだと同認定協会の吉田和子会長は明かす。

認定を受けたナースは、各自の元々の持ち場で任務を遂行しているケースがほとんどだが、電話でも相談に乗ってくれるし必要な時は駆けつけることもある。自身で医師と向き合うことに難しさを感じる人は利用するのもひとつの手段だろう。

だが、こうした役割は元々、看護師に求められていることであり、メッセンジャーナースの認定はそうした本来の看護の原点に立ち返るために行なわれている制度でもあるという。だから看護師にわからないことや不満はもっと話していいのだと吉田会長はアドバイスする。

外来窓口にいる各科の担当看護師や、病院内の「看護相談室」「なんでも相談室」などと掲げている場所を利用する、あるいは「投書箱」に意見を入れる方法もある。意外にもそういう開かれた場所があることを患者自身は知らないことが多いはずだ。

「それでも意思疎通がうまく図れないとかズレを感じる時は、セカンドオピニオンを受けるなり、病院を変えることもひとつの方法。代替医療についての相談も、耳を貸してくれる医師を探してみるといい」と吉田会長。先出の若倉医師もこう言う。「そのためにフリーアクセスになっている。同じ保険証で同じ科に何軒行ってもいい。気にする医者もいるでしょうが、患者の意識と行動が変わらない限り、医者は変わらない。日本の医療は薬漬け。それを抜け出すのも患者さん次第なんです」

個人それぞれが納得できる医療を模索することは社会の変革にも繋がっていく。私たちそれぞれが患者のプロになり、信頼できる医師と話し合うことが迷走から抜け出す道筋になるのだ。

●第3回では、医師に話しづらいと多くの患者が感じている“代替医療”について考える。

(取材・文/岩瀬幸代)

◆目と心の健康相談室/TEL 042−719−6235 メッセンジャーナース認定協会/TEL 03−5386−2427

●岩瀬幸代(いわせさちよ)







スリランカの伝統医療、アーユルヴェーダを取材し続けるライター。関連書5作を出版。『迷走患者――<正しい治し方>はどこにある』(春秋社)は、本人が難病にかかり、西洋医療と代替医療のはざまで悩みつつ理想の医療を見出していく、笑って泣ける社会派ノンフィクション

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