五木寛之・弘兼憲史・下重暁子・小田嶋隆、各氏の「孤独論」

五木寛之・弘兼憲史・下重暁子・小田嶋隆、各氏の「孤独論」

「孤独本」が大ブーム(AFLO)

「孤独との付き合い方」に関する書籍が相次いでベストセラーになっている。不安を抱く中高年が多いことの裏返しだろう。ただし、孤独とは「人を遠ざけること」ではない。

「ひとりが当たり前」と開き直り、周りの人々を頼らなくなれば気持ちに余裕が生まれる。それが家族や友人との関係にいい影響をもたらすことは少なくない。コラムニストの小田嶋隆氏がいう。

「私の場合、2人の子供は独立してしまったので、いまは嫁さんと2人きりです。でも、無理に一緒の時間を作ろうとはしません。旅行には別々で行くし、遊びに出かけるのも単独行動です。家で一緒にいる時も、なるべく没交渉を心がけています。

 どんな夫婦でも、ずっと顔を突き合わせているとお互いの細かな部分が気になってしまうもの。あえて“余計なコミュニケーション”を持たないことも大事なんです。おかげで夫婦仲は良好ですよ」

 この意見に、『弘兼流「ひとり力」で孤独を楽しむ』の著書がある漫画家の弘兼憲史氏も賛同する。

「『やっと定年になったから、2人で世界中をクルーズしよう』といっても、奥さんが本当に喜んでくれるかどうかは疑わしい。それよりも『留守の間の心配はいらないから、楽しんでおいで』と奥さんを気持ちよく旅に出してあげるほうが、旦那の株はグッと上がります。その間に生まれたひとりきりの時間は、自分の趣味に没頭する。そうしてお互いの時間を楽しんだほうが精神的にはずっといい」

 子や孫との関係も、孤独を受け入れれば自ずと変わってくる。「もっと孫を連れてこい」とせがめば「しつこい」と思われ実家への足を遠のかせることになりかねないが、「年に1回でも元気な顔を見られればいい」と考えれば気が楽になる。

 友人関係も同様だ。

「今でも高校時代の同級生には時々会うことがありますが、社会に出て長く別々の環境におかれてきたのだから、価値観は違って当然です。その前提を持てれば、旧友ともストレスなく付き合える。自分の考えを認めてほしいとも思わないし、相手の生き方に干渉したり、意見しようとも思わない。歳を重ねてからの友人関係というのはそのようなものでいいのではないか」(前出・小田嶋氏)

◆「耐える楽しみ」もある

『極上の孤独』著者の下重暁子氏は「孤独を楽しめる男性は女性から見ても魅力的に映ります」と話す。

「永六輔さんは全国各地に友人やファンがおられましたが、地方へ出かける列車や駅のホームで出会う時はいつもひとり。そんなところでベタベタするのは避けたかったので、軽く会釈をしてすれ違いました。立川談志さんも新幹線などでお目にかかる時はいつもひとりでした。素敵な方は、たいてい孤独な時間を大事にしていらっしゃる。私は『孤独の“孤”は個性の“個”』と常々いっています。孤独な時間を大事にできる人だけが、本物の個性を育てられるのです。

 孤独を受け入れることは“本来の自分”を取り戻すこと。特にこれまで会社勤めをしてきた人は、組織の中にいたことで目が他人にばかり向いていたのではないでしょうか。そういった人は、外から何かを取り入れ、外に合わせて生きる力がある人です。その力を、これからは内面に向けていけば、自分自身をよく知ることができるようになる。それはものすごく楽しい時間です」

 組織や社会に縛られなくなったリタイア後だからこそ、人間の“地力”が試されるのだ。『孤独のすすめ』を著わした五木寛之氏はこう語る。

「孤独は人間の宿命です。老いれば誰でも孤独になる。孫に囲まれていても孤独は孤独。『トゥゲザー・アンド・アローン』ということです。もしそこに楽しみや安らぎを求めるとしたら“耐えることを楽しむ”しかないのではないか。フィジカルには限界がある。老いを楽しむというのは、美辞麗句。思考と回想の世界の中に喜びもある。あえて絆を求めない覚悟から『おのずと見えてくるもの』があるのでは、と思います」

※週刊ポスト2018年6月1日号

関連記事(外部サイト)