【岩瀬達哉氏書評】元自衛官が語る改憲より前にすべきこと

【岩瀬達哉氏書評】元自衛官が語る改憲より前にすべきこと

『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』/伊藤祐靖・著

【書評】『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』/伊藤祐靖・著/新潮社/1500円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)

 海上自衛隊に日本初の特殊部隊が創設されたのは、「日本人を数多く拉致し、北朝鮮に連れ去っていった『拉致船』」を取り逃がした、一九九九年の事件が契機になっている。

 最新鋭のイージス艦「みょうこう」の航海長だった著者の、その日の回想は切実で、悔恨に満ちている。富山湾から全速力で北朝鮮に逃げる拉致船に「何十発も警告射撃」をおこない、一旦は停船させたものの、「立入検査」の準備に手間取っている間に、拉致船は再び急加速し、「あっという間に日本海の波間に消えた」。

「立入検査」の訓練も、防弾チョッキなど必要な装備品も備わっていなかった「みょうこう」の隊員たちを前に、著者は「誰かが犠牲にならなければならないのなら、それは我々だ。その時のために自衛官の生命は存在する」と檄を飛ばした。隊員たちは「防弾チョッキのつもりか、『少年マガジン』がガムテープでぐるぐる巻き」にしてあったという。

 本来は、一緒に追尾していた海上保安庁の巡視船が「立入検査」をおこなうはずだったが、「燃料に不安があるため、これにて新潟に帰投致します」と、途中で引き上げてしまっていたのである。

 特殊部隊を創るにしても、「知識はゼロ」で、指揮官からして、「まず、映画の『007』シリーズをすべて観ろ」「あの映画には、特殊な装備品が結構出てくるぞ。映画で勉強したらどうだ」といった程度。文字通り、暗中模索の中、「新戦術、新戦法、新装備品の研究」を担ってきたものの、特殊部隊での勤務が長すぎるとして、転出の内示を受けることに。官僚機構は、どこも組織の慣行と調和を最優先させるものだが、自衛隊もその例に漏れなかったわけだ。

 特待生として日体大に入学し、卒業時には高校体育教師への採用が決まっていたが、人生のささやかな野心が自衛隊に入隊させ、大きな失望が退職を決意させた。改憲によって「自衛のための戦力保持」を正当化させる前に、すべきことを静かな熱意で語っている。

※週刊ポスト2018年8月17・24日号

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