躁うつ病について綴った本が持つ日本社会への危機感

躁うつ病について綴った本が持つ日本社会への危機感

作家の関川夏央氏

 平成を振り返ると、自殺や引きこもり、鬱などメンタルヘルスの問題が拡大し、表面化した時代だったとも言える。「平成」の記憶に残るべき一冊として、作家の関川夏央氏が選んだのは、自らの躁うつ病(双極性障害)と、その体験から考え抜いた反知性主義の克服について綴った歴史学者の書だった。

●『知性は死なない──平成の鬱をこえて』/與那覇潤著/文藝春秋/1500円+税

 著者・與那覇潤は一九七九年生まれ、「ミレニアル世代」の直前である。二〇〇七年、公立大学准教授に採用されたときは博士号を取ってすぐの二十八歳、異例の若さだった。

 優秀なのは間違いない。博士論文を書くとき、ほとんどメモを取らなかった。どの本のどこに何が書いてあったかを全部記憶していたからである。大学の授業では、専門の一部である映画を学生に見せながらレクチャーしたが、どこで何をどれくらい話すべきか、セリフの合間をはかって秒単位で設計できたという。

 就職して約七年、うつ病に沈んだ。それは「心の病気」などではなかった。「脳の病気」で、意欲と能力を完全に失うのである。脳全体にサランラップをかけられたような状態になり、講義、原稿書きはもちろん、日常会話さえままならない。

 躁うつ病(双極性障害)と診断された。著者の場合、一方の極は「軽躁」で、それはいわば「頭のよくなる病気」なのであった。しかし「躁」状態とはエネルギーと時間の「前借り」だから、のちの返済に苦しむ。もしそれが双極性障害I型ならば「躁」はいっそうはなはだしく、闇金なみの高利がつく。

 病気の原因はわからない。だが、誘因のひとつは、たしかに「教授会」であった。そこは、文字の消えかけた「自治」の看板を飾って、どうでもいい寝言を長時間かわす小学校の生徒会のような場所だった。「大学教員大衆」は、いまも昭和の風に吹かれている。平成という時代を終える日本社会もおなじ、まだ冷戦時代の前借り分を返済していないのではないか、と著者は強く疑うのだ。

 著者は二カ月の入院、二年間のデイケアを経て、この本を書くまでに寛解したが、大学は退職した。とうてい他人事とはいえないスリリングな本で、平成という時代の本質を衝いている。しかしタイトルと表紙カバーは、この本の持つ危機感を読者に伝えていない。それが不満だ。

※週刊ポスト2019年1月1・4日号

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