人生は「順接よりも逆説のほうがおもしろい」と鎌田實医師

人生は「順接よりも逆説のほうがおもしろい」と鎌田實医師

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

 順風満帆の人生を誰もが夢に描くものだが、現実は難しい。しかし、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師は、1歳10か月で養子として両親に迎えられたみずからの半生や、育ててくれた親の人生を振り返りながら、紆余曲折を経てあえて選び取った人生の魅力について語る。文中で登場するが、鎌田氏は「スクワット」を用いた健康法を提唱している。

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 人生は、順風満帆であるよりも、紆余曲折あったほうがおもしろい。順当に、だからこうなったという整合性のある人生よりも、苦境にもかかわらず、あえて選び取った人生にぼくは魅かれる。

 接続詞でいえば、「だから」「このため」「それゆえに」という順接ではなく、「しかし」「けれども」「それでも」「それなのに」「にもかかわらず」という逆接の文脈で語られる人生である。

 逆接の人生には、いろんな障害があるけれど、自分はこう生きたいんだという強い意思やひたむきな思いがある。

「にもかかわらず」という言葉には、どんな状況になっても、逆接で人生を展開していく力がある。

 認知症になった、にもかかわらず、認知症と生きるとはどういうことか、積極的に社会に向けて発信し続ける。進行がんで命の期限が見えてきた、にもかかわらず、家族と穏やかな日々を過ごしている。ぼくはそんな人たちの姿をたくさん目にしてきた。

 この「にもかかわらず」という生き方を最初に教えてくれたのは、父だった。父は10代で青森から上京。結婚した女性は、心臓病を抱えており、その治療費を稼ぐため必死で働いていた。

 決して、恵まれた状況とはいえない。「にもかかわらず」、訳あって実の両親と別れた1歳10か月のぼくを、養子として迎えてくれたのだ。

 ぼくを育てることは、とても大変だったと思うが、父は父なりに充実した人生を送ったようにも思う。経済的な困窮や妻が心臓病であるという現実のなかで、子どもを育てる喜びや苦労が、心の支えになることを、ぼくも親になって知った。

 母が他界した後、父は東京で一人暮らしをしていた。ぼくは、茅野市に丸太小屋を建て、父を呼び寄せた。丸太小屋は父の名をとって「岩次郎小屋」と名付けた。それから10年間、ぼくと妻、子どもたちと三世代で暮らした。

 最後は、ぼくの子どもたちに、手足をお湯で洗ってもらい、ふるさとの大好きな、高橋竹山の津軽じょんがら節のテープを聞きながら、88歳の人生の幕を引いた。

 父に教わった「にもかかわらず」という生き方は、ずっとぼくのなかに根付き、困難を生き抜くための力となっている。

 先月、『サワコの朝』(TBS系)というテレビ番組に出演し、阿川佐和子さんに父に教えられたことや鎌田式スクワットとかかと落としなどについて語った。

 長年の腰痛もちだという阿川さん、スクワットで腰痛を改善できたらいいが、スクワットが苦手だとか。スタジオでは、椅子の背もたれなどにつかまりながら行う簡単なバージョンのスクワットをお教えした。

 そのときのことを、彼女は『婦人公論』の「見上げれば三日月」という連載に書いている。「タヌキのようだったお腹がすっかりへこんでしまった」と、ぼくの体型変化に驚きつつ、ご自身もスクワットを始め、2日が経つという。

「これをどのくらい続けると効果がでますか?」という彼女の問いに、ぼくは「だいたい2か月くらい」と答えた。

「ここが問題である。聞く力はあっても(あるか?)、私には『継続する力』が、自慢したくなるほど、ない」

 2か月と聞いて、阿川さんは、自虐的な笑いで連載原稿を締めくくっている。

 逆接の生き方には、「さはさりながら」という、矛盾したものを、矛盾したまま抱えていく「人間の幅」みたいなものもある。

 わかっちゃいるけど……。これも、阿川さんの人間らしい逆接の人生かもしれない。

●かまた みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉教授。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。

※週刊ポスト2019年9月6日号

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