「二度と撮れない絶景紅葉写真」有名写真家6人が自薦

「二度と撮れない絶景紅葉写真」有名写真家6人が自薦

2018年11月2日 山梨県・南アルプス市 南アルプスICから車で約30分の櫛形山林道展望台近くにて撮影。

 有名写真家6人が自選した秋の風物詩の決定的瞬間をお届け。ひと足早い錦秋グラビアを6枚、紹介します。

 南アルプス市にある櫛形山林道(くしかたやまりんどう)は、富士山と雲海を同時に撮影できる有名なスポット。撮影日も夜明け前から、大勢の人たちがシャッターチャンスを狙っていました。紅葉を撮ろうと思った私は、林道を少しはずれて人気がない場所へと向かいました。少し奥に入ると真っ赤に色づく紅葉が見え、向こうに雲海と富士山が現われたのです。撮影したのは朝日が昇る瞬間。紅葉にやわらかな光が射し込んでいます。

撮影■宮本孝廣/1963年、和歌山県生まれ。県立南部高等学校卒業と同時に、写真家・森田敏隆氏に師事。現在、森田氏が設立したエムオーフォトスに所属し、日本風景を撮影し続ける。

 気温や湿度、天気などの条件を考慮して撮影場所を事前に考え、年間300日ほど只見線と奥会津だけを撮り続けています。撮影日には紅葉と只見線と、秋には珍しい山霧を1枚に収めることができました。通常、この地域で山霧が発生するのは6月から8月にかけてで、霧は陽にあたると消えてしまいます。この日も朝日が差し込むまでのわずかな間、10分ほどで消えてしまいました。

撮影■星賢孝/1948年、福島県生まれ。郷土写真家。地元建設会社に47年間勤め、只見線・奥会津の写真を撮り続けて25年。現在は金山町と三島町にまたがる只見川沿いの渓谷“霧幻峡”の渡しの船頭も務める「特別展 復興祈念 只見線写真展〜星賢孝とその仲間たち〜」が秋山庄太郎写真芸術館にて10月14日まで開催中。

 南小国町にあるマゼノ渓谷の紅葉が素晴らしいと、噂に聞いたのが数年前。昨年ようやく訪れることができました。春と秋の年2回、期間限定で一般開放されています。紅葉のピーク時は森が錦秋に染まり、温かな彩りに包まれていました。この写真を選んだのは、皆さんにもぜひ訪れてほしいから。手つかずの自然が広がり、渓谷沿いの散策路を歩くだけでも楽しめる。写真以上の光景を見られるかもしれません。

撮影■福田健太郎/1973年、埼玉県生まれ。幼少期から自然や風景に魅かれ、18歳から写真家を志す。1997年、写真家・竹内敏信氏のアシスタントを経てフリーランスとして活動。写真集に『泉の森』(風景写真出版)など。

 北アルプス・天上沢の上空から槍ヶ岳山腹をセスナで空撮。標高差がある山で、上部から下部まで一斉に色づく年は珍しい。写真の紅葉は、標高約1800〜2600メートルの範囲。これだけ標高差があると、通常は下部が色づく頃には上部が散ってしまう。黄色いのは主にダケカンバ。山腹の谷筋にまだ雪渓がたっぷりと残っています。被写体との距離があるので、晴れているだけでなく、大気が澄んでいるのも撮影の条件です。

撮影■佐々木信一/1949年、石川県生まれ。1972年、信州の山と自然に憧れて松本に移り住む。フォトライブラリー「フォト信州」を設立。ポスターやカレンダー、書籍など様々な媒体に写真を提供。写真集に『槍 穂高 空と雲のあいだに』(信濃毎日新聞社)など。

 半世紀以上にわたって数々の山に登ってきましたが、この景色を目にした瞬間は息をのみました。白根山から山腹を見下ろした構図で撮影。一面に緑の笹が広がり、黄色いダケカンバと赤いナナカマドが映えています。この辺りの山あいは風が強く、すぐに散ってしまう。タイミングよく撮影できたのが奇跡的です。現在は火山活動のため入山規制され、まさに二度と撮ることができない写真です。

撮影■鈴木克洋/1941年、千葉県生まれ。1970年代に出版社への作品応募を機に山岳写真に傾倒。以来、日本各地の山岳風景や山野草を撮影する。写真集『奥日光の自然 光と彩りのなかで』(山と溪谷社)など多数出版。

 京都のモミジが見頃を迎えるのは、毎年11月上旬から12月半ばまで。なかでも真っ赤な絨毯が見られるのは、散り始めの12月上旬に限られている。それも夜間に強風が吹き、雨が降った翌朝にしか見ることができない景色です。踏まれてしまうと汚れるので、拝観者が訪れる前、朝一番に撮影しました。ここまで参道一面に紅葉が敷きつめられる日は、1年に一度あるかないか。貴重な光景です。

撮影■水野克比古/1941年、京都市生まれ。京都の神社仏閣や庭園・自然風景を中心とした作品を発表し、写真集を196冊出版する「京都写真」の第一人者。2000年、京町家を修復したフォトスペース「町家写真館」を開設。

取材・文■戸田梨恵、斉藤裕子

※週刊ポスト2019年10月11日号

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