松平定知氏「日本の礎を築いたのは明治政府でなく徳川幕府」

松平定知氏「日本の礎を築いたのは明治政府でなく徳川幕府」

京都造形芸術大学教授の松平定知氏

【今回取り上げる書籍】『明治維新という過ち【改訂増補版】 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』/原田伊織・著/毎日ワンズ/本体1500円+税

【著者プロフィール】原田伊織(はらだ・いおり):1946年京都府生まれ。大阪外国語大学卒業。作家、クリエイティブディレクター。著書に『官賊と幕臣たち』(毎日ワンズ)、『三流の維新一流の江戸』(ダイヤモンド社)、『大西郷という虚像』(悟空出版)など。

 来年、明治維新150年を迎えるにあたり、維新をあらためて検証する本が書店を賑わしている。そのほとんどが維新を批判し、江戸時代を評価しているのが特徴だ。その流れを作ったのが、ベストセラーになっている『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』だ。

 それ以外にも『官賊と幕臣たち 列強の日本侵略を防いだ徳川テクノクラート』、『三流の維新一流の江戸 「官賊」薩長も知らなかった驚きの「江戸システム」』、『明治維新という幻想 暴虐の限りを尽くした新政府軍の実像』、『徳川がつくった先進国日本』……といったタイトルが並ぶ。

 元NHKアナウンサーで歴史に詳しい松平定知氏はこの「維新批判・江戸評価」をどう考えるか。

(インタビュー・文 鈴木洋史)

──松平さんはNHK時代に「その時歴史が動いた」の司会を担当し、戦国武将や維新の志士についての著書もあります。

松平:長年、歴史を勉強してきて感じることのひとつは、古今東西、歴史は勝者の視点で語られる、ということです。その最たるものが明治維新ではないでしょうか。本書の著者の原田伊織さんもお書きになっているように、薩長は自分たちを官軍、幕府側を賊軍とし、維新後は江戸時代を全否定しました。

 しかし実は江戸時代にこそ世界に誇るべき社会が作られているのです。僕は久松松平(徳川家康の異父弟の家系)で、家康とは遠くでかすかに連なる者として、多少「江戸」に肩入れしているところはあるかもしれませんが(笑)。

 たとえば明治維新以降、徳川幕府の鎖国政策は間違いで、鎖国ゆえに日本の近代化が遅れたと批判されました。しかし、実際は「江戸四口」と言って、長崎でオランダに、薩摩で琉球に、対馬で朝鮮に、松前でアイヌにと、必要に応じて門戸を開いていたのです。それ以外は閉じていたわけですが、そのことで外国からの脅威にさらされることなく、内政に力を注ぐことができたのです。

──そのおかげで作られた江戸の先進的なシステムとは?

松平:ひとつは舟運です。特に、日本海、瀬戸内海を通って北海道や日本海側の港と大坂、江戸との間で交易する北前船が盛んで、日本経済を大きく発展させました。陸では東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五街道。17、18世紀にあれだけ街道が整備されていた国は世界でもほとんどないでしょう。加えて多くの宿場が設けられ、伝馬、駕籠、飛脚が置かれ、通信も発達しました。

 3つ目が新田開発。家康が江戸に入った頃、利根川は今のように太平洋ではなく東京湾に注ぎ、しょっちゅう氾濫を起こす暴れ川でした。そこで家康は、人工的に今のように流れを変え、堤防や農業用用水路を作りました。その「利根川東遷事業」によって水害が防がれ、北関東に新田が開発され、関東と東北との舟運が開かれました。

 もうひとつは下水道の整備。玉川上水など「江戸の六上水」が敷かれ、下水道と区別された。そのおかげもあって江戸の町の衛生が保たれたのです。同時期のパリやロンドンが糞尿まみれだったのとは大違いです。長屋ごとに井戸があり、そこで米や野菜を洗い、洗濯するためにおかみさんたちが集まり、井戸端会議という地域コミュニティが形成されました。

──もっとも重要なインフラが江戸時代に構築されたわけですね。

松平:おっしゃる通りです。そして、繰り返しますが、それが可能だったのは、鎖国政策によって、原田さんがおっしゃる「パックス・トクガワーナ」が270年間も続いたからです。

──江戸時代の識字率は同時期のイギリスなどに比べてはるかに高かったというデータがありますね。

松平:そうした教育水準の高さを背景に、人材面でも素晴らしい幕臣が輩出しました。たとえば岩瀬忠震、水野忠徳、小栗忠順の「幕末の三傑」。岩瀬は日露和親条約、日米修好通商条約を締結し、水野は日蘭、日露、日英、日仏修好通商条約すべてで調印し、小栗は世界一周を経験し、軍事の要職を歴任し、海軍国日本を作るべしと提唱しました。

 後に日露戦争に勝ったとき、東郷平八郎はわざわざ小栗の孫たちを呼び、「日本が勝ったのはあなた方のお祖父様のおかげだ」と称えました。明治以降、日本が列強に伍していく土台を作ったのは、彼ら徳川の優秀な官僚だったのです。

──精神面についてはどうですか。

松平:著者の原田さんは司馬遼太郎さんに批判的で、〈「維新」至上主義の司馬史観の罪〉と書いていますが、その司馬さんにして、「賊軍」会津の人の品格、武勇、魂の高潔さ、どれもが素晴らしいとして、「封建時代の日本人がつくりあげた藩というもののなかでの最高傑作」と絶賛しています。

 歴史に詳しい黒鉄ヒロシさんも以前、番組でご一緒したとき、新撰組の土方歳三について、時流に上手く乗ることをあえて拒否し、「賊軍」側について戦死していった「そこに武士の魂を見る」とおっしゃったのを思い出します。

──「賊軍」側に立つと、歴史が違って見えてくるわけですね。

松平:半藤一利さんが『幕末史』という本の冒頭で、「自分は戦前、官軍、賊軍という薩長史観を仕込まれた。しかし、賊軍であった父の出身地長岡では、官軍は正義でも何でもなく、無理やり喧嘩を仕掛け、強奪していった泥棒だと言われている」という意味のことを書いておられます。

 そのように立場が異なれば違う見方ができるのに、勝者の立場だけで見ると、敗者が築いてきた古い歴史は全て駄目で、勝者が築く新しい歴史だけが正しい、ということになってしまう。これは江戸と明治の関係だけではありません。時代がどんなに変わっても、いいものはいいんです。それをはっきり言える勇気を持つ人だけが歴史を語れるのだと思っています。

【PROFILE】1944年生まれ、東京都出身。早稲田大学商学部卒業。元NHKエグゼクティブアナウンサー。現京都造形芸術大学芸術学部教授。著書に『歴史を「本当に」動かした戦国武将』、『幕末維新を「本当に」動かした10人』(ともに小学館101新書)など。

※SAPIO2017年6月号

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