【書評】台湾初の女性総統・蔡英文が歩んだ道とは

【書評】『蔡英文自伝』(劉永毅構成/前原志保訳)蔡英文・著/白水社/2000円+税

【評者】川本三郎(評論家)

 昨年、台湾初の女性の総統になった蔡英文は一九五六年生まれ。家族のルーツは漢民族のなかでも独特な客家。中国革命の父といわれる孫文、台湾の民主化に努め、本省人ではじめての総統になった李登輝を生んでいる。

 一九五六年生まれというから、日本統治時代を知らない新しい世代になる。

 早くから海外留学した。アメリカのコーネル大学、イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法律を学んでいる。この自伝を読むと、留学生時代、言葉の問題をはじめ、異文化体験で相当、苦労したことが分かる。

 とくに、台湾という国際社会で難しい立場にある国の留学生としては、いや応なく国際政治の現実に直面した。

 コーネル大学の国際法の授業では、先生に「じゃあ、あなたたちは、今後中国とどうやっていこうと思っていますか?」と質問され、答えられなかった。生徒の困惑を見て、先生は優しく、そして厳粛にこう言った。

「この問題には当たり前の答えはありません。あなたは時間をかけてじっくり観察し、じっくり考えてくださいね」。

 これを機に、中国との関係を深く考えるようになったという。政治家になってから、中国との交流を深める、いわゆる「小三通」(金門島、馬祖島、澎湖諸島と中国大陸間の通商)政策を進めたのも、留学時代の体験から。

 英米に留学したというと、金持のお嬢さんの印象があるが、決して名家出身ではない。父親は戦後、裸一貫で自動車修理工場を立ち上げた苦労人。台湾の経済発展は、多くの民間中小企業によって支えられたというが、蔡英文の父親もその一人だろう。

 一代目の父親が苦労したおかげで、二代目の娘は、海外留学することが出来た。この父親は、政治とは無縁な実直な人間だった。政治家になった娘が、敵対する議員とやり合っているのをテレビで見ると、わざわざ電話をかけてきて「言い方を手加減しなさい」と注意したという。

 祖母はパイワン族という原住民だった。「自分に原住民の血が流れていることを知ると、私はとても誇らしい気持になった。原住民は台湾のもともとの住人で、この土地を深く愛している人々だ」。

 猫好きで、猫村として日本でも知られるホウトンへ猫を見に行くなど、微笑ましい。

※SAPIO2017年6月号

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