危険なエスカレーター歩行 先駆的提唱者は本多勝一氏だった

危険なエスカレーター歩行 先駆的提唱者は本多勝一氏だった

評論家の呉智英氏

 エスカレーターに乗るとき、右と左、どちら側に立つのか。地域性などとともによく取り上げられるテーマだが、メーカー側は片側に寄って立つことと歩くことは危険だと訴え続けている。しかし、片側あけと歩行がマナーであるかのように振る舞う人も少なくない。評論家の呉智英氏が、多数派となった片側あけと歩行の危険性について、検証を訴える。

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 産経新聞5月17日付の「談話室」(投書欄)に載った大阪在住の79歳の元会社員の投書に共感した。政治だの経済だのといった大きなテーマを“庶民の視点”で語る投書にろくなものはないのだが、この投書者の“小さな”体験と提言は重要である。

 投書者は「地下鉄の駅に降りる長いエスカレーターに乗っていると、突然後ろから」中年男性に声を掛けられた。「左側に立っていると、追い越しの邪魔なんです」という。投書者は「声を荒らげて」反論した。彼は、エスカレーターに乗った老婦人が片側を駆け下りてきた人と接触し転落しそうになったのを目撃したことがあり「エスカレーターの追い抜きは危険だと感じていた」。駅などでは「歩かずに利用ください」と呼びかけるべきだと提言している。

 投書者自身が乗っていたのも前に目撃した例も降りエスカレーターである。これがきわめて危険なのだ。後ろからぶつかられると、目の前はまるで奈落である。しかも、投書者も高齢者、目撃例も老婦人。エスカレーターは足腰の弱った人のためにこそある。

 既に事故による負傷例も報告されており、地域によってはエスカレーター内を歩行禁止にしている所もあるが、まだ多くは歩行可のままだ。この危険な愚行が広まりだしたのは今世紀に入ってからだ。何がきっかけでそうなったのだろう。私が知る限り、その先駆的提唱者は、ジャーナリストの本多勝一である。

 本多の『ジャーナリスト党宣言(貧困なる精神J集)』(1993、朝日新聞社)に、二本の小論が収録されている。「エスカレーターの立ちんぼ諸君へ」と「障害者への無神経国家・日本」だ。

 前者には、こう書かれている。エスカレーターに「二列の幅があったら一方(日本では右側)を歩行者用にあけておくのが世界の常識である」。ところが「右側をあけない鈍感な『立ちんぼカカシ』による迷惑が一段とひどくなった」。

 後者では、自分の妹が重度身体障害者で、駅の階段などでは難儀している体験を語り、エスカレーターの片側あけとともに、エレベーターの設置を提言している。このエレベーター設置については、私も賛成である。そして、本多提言から二十年以上経た現在、ほとんどの駅にエレベーターが設置され、電車の乗降にも駅員による介助が行なわれるようになった。

 では、エスカレーターの「鈍感な『立ちんぼカカシ』」はどうか。

「一段とひどく」などならず、むしろどんどん少数派になり、同時にこの少数派は負傷の危険を感じている。高齢者もそうだし、杖をつく歩行困難者もそうだ。日本はこういう人たちへの「無神経国家」になりつつある。

 エスカレーター製造会社では、片側歩行は機械の片減りを招くので賛成できないと言っているらしい。こうした工学的視点を含め、大事故が起きる前に検証が必要だ。

●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。

※週刊ポスト2017年6月9日号

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