【書評】与党の圧力には逆らわぬ裁判所による裁判官統制

【書評】『守柔 現代の護民官を志して』/守屋克彦・著 インタビュアー・石塚章夫、武内謙治/日本評論社/1400円+税

【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)

 おもに少年司法と刑事司法に携わってきた元裁判官の回想録だが、単なる自伝の域に止まっていない。裁判所が、必ずしも国民にとって頼りにならないことを、著者は、実体験として語っている。

 本書の圧巻は、70年安保の前年、自衛隊の違憲性が問われた、いわゆる“長沼ナイキ訴訟事件”において、裁判官の公正な判断を歪める圧力があった事実を、若手裁判官たちが暴露するまでの葛藤を詳らかにしている点だ。

 当時の札幌地裁のトップだった平賀所長が、部下の裁判長に書簡を送付し、時の政権の意向に沿った判決を言い渡すよう求めた。その書簡が、マスコミに流出するや、大騒動となったものの、流出に至る詳細な経緯については、これまで関係者の誰もが口をつぐんできた。それが今回、はじめて明らかにされたのである。

 当時、書簡流出の「黒幕扱いと見られるようになった」著者は、「所長からの事情聴取」を受けながらも、かばってくれた上司のおかげで裁判官の身分を失わないですんだ。一方で、まったく無関係な「熊本地裁の宮本康昭判事補」が、スケープゴートとしてその地位を奪われている。

 本人の弁明を聞くことなく、いきなり“解雇”したことに、長年解せない思いを抱いてきたが、この著書のオーラルヒストリーによって、そのメカニズムがようやく理解できた。要するに、裁判官の独立は建前に過ぎず、「政府・与党の圧力行使」には逆らわないという方針のもと、裁判所は運営されていたわけだ。裁判所もまた、政治に首根っこを押さえられているのである。

 そして騒動が収まったあと、著者が抱いた、「ただでは済まないだろうなという不安」は的中する。「見せしめのために所長には昇格させないとか、長年支部勤務などの不利益を与える」人事が繰り返され、定年退官を迎えている。裁判所がいかなる論理のもと、どのような人事政策で裁判官を統制してきたか。その詳細を明らかにした本書の意義は大きい。

※週刊ポスト2017年6月23日号

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