「高齢者の肺炎は治療しない選択肢も」学会発表の衝撃提言

「高齢者の肺炎は治療しない選択肢も」学会発表の衝撃提言

誤嚥性肺炎の治療法の“選択肢”が注目を集める

 今や日本人の死因の3位となった肺炎の中でも特に死に直結しやすいのは、飲み込む力(嚥下力)の衰えが原因で起こる誤嚥性肺炎だ。その治療をめぐって、日本呼吸器学会が行なった提言が波紋を呼んでいる。

 今年4月末、日本呼吸器学会が肺炎治療に対する指針となる『成人肺炎診療ガイドライン2017』を刊行した。その中で注目を浴びたのは、高齢者に多発する誤嚥性肺炎の治療法に、ある“選択肢”が盛り込まれたことだ。ガイドライン作成委員を務めた、大阪大学医学部附属病院感染制御部の朝野和典医師が言う。

「何度も繰り返して誤嚥性肺炎に罹る患者さんや、終末期の患者さんに対して、生活の質『QOL(クオリティ・オブ・ライフ)』を重視した治療やケアを提供することも選択肢だという趣旨の文言が加えられました。言うなれば“治療しないことも選択肢のひとつ”、と提言したのです」

 誤嚥性肺炎は、本来は食道に入るべき食べ物が誤って気管に入り、ほぼ無菌状態の肺の中で雑菌が増殖することによって発症する。

 通常、食事の時には咽頭の奥にある喉頭蓋が気管を塞ぎ、食べ物が気道に流れ込むのを防ぐ。もし誤って食べ物が入り込んでも(誤嚥)、むせたり咳き込んだりする「反射」が起こり、食べ物を排出する。

 ところが高齢になると、反射機能や筋力の衰えなどが原因で、誤嚥を引き起こしやすくなる。

 2015年に肺炎で死亡した12万人のうち、実に95%を65歳以上が占め、そのうちの約7割が誤嚥性肺炎だと診断された。同じくガイドライン作成委員だった和光駅前クリニックの寺本信嗣医師が語る。

「若い健康な方なら抗菌薬で完治できますが、高齢になると誤嚥によって何度も肺炎を引き起こしてしまう。完治までの展望が見えないまま治療を繰り返せば、患者さんを苦しめるばかりになる可能性もあります。寝たきり状態の方では、誤嚥性肺炎の治療が実質的な延命治療になっている面もあります」

 今回のガイドラインは、誤嚥性肺炎の治療のあり方に一歩踏み込んだといえる。

「治療によって延びる命がわずかだと分かった時、その人のQOLが良い方向に進まないのであれば、“治療をしないという選択肢もある”という提言です。

 苦しみを和らげる治療を優先し、積極的な治療をしないことで死期を早める可能性はありますが、死期を延ばすことで苦しみを長く続かせることはどうなのか。今回の提言はかなり治療する側の覚悟があった」(前出・朝野氏)

◆治療して「生活の質」が落ちた

 東京都在住の78歳男性は、3年ほど前から誤嚥性肺炎を繰り返してきた。

「激しい咳と39℃以上の高熱が続き、意識障害や呼吸困難に陥って入院。退院できたと思ったら、また肺炎を起こして入院の繰り返しです。入退院のたびに体力が落ち、今では自力でトイレに立つこともできなくなった。明らかに死が近づいているのが分かります」

 誤嚥性肺炎は抗菌薬によって治療する以外にないが、同じくガイドラインを作成した長崎大学医学部第二内科の迎寛(むかえ・ひろし)医師は、治療の難しさをこう語る。

「誤嚥性肺炎を繰り返していると、多くの種類の抗菌薬や広範囲の細菌に効果がある広域抗菌薬を使うようになる。前者は高齢者の場合、副作用が出やすくなり、後者は繰り返し使ううちに抗菌薬が効かない耐性菌ができ、その耐性菌によって肺炎になるという最悪の事態も引き起こすのです」

 最終的には、人工呼吸器や「IVH(中心静脈栄養法)」による延命治療に移らざるを得ないことも少なくないという。

 米国の研究では、「治療するとQOLが下がる」という報告もある。2010年、米国の22の介護施設において、認知症が進行した高齢の肺炎患者225人の観察研究を行なったところ、「抗菌薬治療を受けなかった患者に比べて、抗菌薬治療を受けた患者はQOLが低く、入院した患者ではさらにQOLが低下していた」というのだ。

◆「肺炎は老人の友」である

「治療しない」ことのメリットについて、前出の寺本医師が言う。

「完治が難しい高齢患者が、痛みの解消を目的とした緩和ケアにシフトすれば、QOLは治療をするより上がる可能性はあります。

 また、最終的に肺炎は苦しみがなくなるという学説もあります。呼吸状態が悪化すると血液中の酸素濃度が低下し、二酸化炭素濃度が上昇する。二酸化炭素には鎮静効果があり、このまま治療を施さなければ、次第に眠くなって意識が消失します。悪い状態が半日以上続くと、このような状態になります。意識がなくなれば痛みも感じることはなく、やがて眠るように死んでいくのです」

 医学教育の基礎を築いたカナダの内科医、ウィリアム・オスラーは「肺炎は老人の友である」という言葉を残している。避け難い病気である以上、その付き合い方はもっと考慮すべきかもしれない。

「医師にとっては一生懸命治療するほうが簡単で、治療を止めることはその100倍も難しい。ガイドラインに“治療しない”という選択肢が加わったことは、患者にとって最も適した治療は何かを考える上で、大きな手助けになるのではないか」(前出・朝野氏)

 治療を止めることは死が近づくことを意味する。患者や家族もこの提言を深く考え、向き合う必要がある。

※週刊ポスト2017年6月30日号

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