作家が銭湯で会っていた「絶対見せないさん」の芸術技

作家が銭湯で会っていた「絶対見せないさん」の芸術技

銭湯で出会った「絶対見せないさん」とは

 散歩ばかりしているという作家で劇団「鉄割アルバトロスケット」主宰の作家・戌井昭人氏の週刊ポスト連載「なにか落ちてる」より、毎日通っていた銭湯で、いつも顔をあわせていた人について同氏が今も気になっていることをお届けする。

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 わたしはものすごい汗っかきなので、この季節は常に着替えと石鹸、タオルをリュックに入れて出かけ、街で銭湯を見かければ立ち寄ります。人と待ち合わせをしているときも、時間を逆算し、目的地の近くにある銭湯に入ってから向かいます。サウナも好きなのですが、サウナは休憩室でダラダラするのが至福なので、用事があるときは、さっと入って、さっと出れる銭湯が最適。

 先日も青森の十和田に行ったとき、朝風呂に行ってから用事を済ませ、夕方、時間が空いたので、また違う銭湯に行って次の用事に向かいました。

 以前わたしは、近所の銭湯に毎日通っていて、いつも顔をあわせる人が何人かいました。喋ったりはしないし、何者か知らないけれど、来てない日があったりすると、「どうしたんだ?」と心配になったりもしていました。また肝心な部分を知っているので、町中で見かけたりすると、嬉しくなりました。

 あの人は、足の小指がないんだとか、あの人は、いつも真っ白のパンツ穿いてんだよな、あの人は肩に中途半端な刺青があるんだ、などと、服を着ていてはわからない部分を知っているという優越感。自慢げに書きましたが、本当にどうでもいい優越感です。

 しかし、ひとりだけ謎の男がいました。わたしは、その彼に、「絶対見せないさん」というあだ名をつけていました。

 色白の肌、頭頂部が薄いのに長髪で、少し腹が出ていました。あだ名の通り、絶対にイチモツを見せないのです。鉄壁の隠し技。銭湯だと執拗に隠していると、逆におかしいのですが、彼は常に小さなタオルを腰に巻いていました。お腹が出ているので、結び目が小さいのが危うい、でも絶対に外れない。

 しかし、ずっと腰に巻いているわけにはいきません。なぜなら湯船にタオルを浸けるのはマナー違反だからです。でも彼は心得ています。湯船の中に立って、かがむとき、股間が湯に入るか入らないかの瞬間、タオルを「サッ」と取るのです。この「サッ」が芸術的に素晴らしい、無駄がない。出るときも「サッ」と腰に巻き、決してタオルは湯に浸からない。そして見せない、絶対に見えない。

 タオルの向こうは? とんでもなくデカイのか、小さいのか、もしかしたら何も無いのか、ドラゴンなのか? ヘビなのか? 物凄い疑問にかられ、何度も、のぞこうとしましたが、惨敗でした。

 あそこまで執拗に、見せたくないのなら、風呂付きの部屋を借りればいいのにと思いましたが、やはり銭湯の気持ち良さは、絶対に見せないという労力を使っても、魅力的なのかもしれません。「絶対見せないさん」、いまはどうしてるのでしょう。まだ銭湯に通っているのかな。

●いぬい・あきと/1971年東京都生まれ。作家。「鉄割アルバトロスケット」主宰。2008年小説家デビュー。『ひっ』『ぴんぞろ』『まずいスープ』『どろにやいと』が芥川賞候補に。『すっぽん心中』で川端賞受賞。著作『俳優・亀岡拓次』が映画化。現在DVDが発売中。『のろい男 俳優・亀岡拓次』で野間文芸新人賞受賞。散歩ばかりしている。

※週刊ポスト2017年7月14日号

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