樹木希林、なかにし礼も受けた粒子線治療 費用は300万円

樹木希林、なかにし礼も受けた粒子線治療 費用は300万円

がん病巣をピンポイントで攻撃する重粒子線治療のしくみ

 近年、がん患者の間で“最後の切り札”として注目を集めている「粒子線治療」。一部のケースを除き公的医療保険が適用されず、総額約300万円もの費用は自己負担となるが、それでも治療を望む患者は後を絶たない。どのような治療法なのか。フリーライターの清水典之氏が解説する。

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 がんの治療には大きく分けて「手術」「抗がん剤」「放射線」治療の3つがある。ここで紹介する重粒子線治療や後述する陽子線治療は放射線治療の一種で、「粒子線治療」と呼ばれる。

 X線やガンマ線などを用いる一般的な放射線治療に対し、重粒子線治療は炭素イオンを巨大な加速器で光速の70%(秒速約21万km)にまで加速し、そのビームをがん細胞にぶつけて破壊するのが特徴だ。

 従来の放射線治療では、がん病巣周辺の正常な細胞にも放射線が照射され障害を受けるリスクがあった。だが、重粒子線治療では加速したビームががん細胞にぶつかったところで最大エネルギーを放出し止まるので、がん病巣をピンポイントで攻撃できる。しかも、がん細胞の破壊力は従来の放射線の約3倍に達する。

 2015年12月に国内5番目の重粒子線治療施設を開設した神奈川県立がんセンターの中山治彦副院長は、重粒子線治療のメリットをこう語る。

「外科手術では切除が難しいがんや、体の深いところにあるがんの治療に有効です。従来の放射線治療は正常な細胞を傷つける危険性がありますが、重粒子線治療ではその可能性が低いです。従来の放射線治療と同じく軽微なやけどなど副作用の可能性はありますが、“体を切らずにできる手術”のようなものです」

 一般的に、早期がんの治療には外科手術がもっとも多く用いられるが、手術で切除できない場合に抗がん剤や放射線治療が選ばれる。重粒子線は放射線治療の一種でありながら、手術と同程度の局所効果が狙えるという。

 しかも、1回の照射は数分程度。身体にメスを入れないので入院の必要がなく、外来で利用できるのが大きなメリットだ。体力に不安がある高齢者や、がん以外にも合併症のため手術ができない患者の治療も可能だ。

 がんの大きさや状態にもよるが、神奈川県立がんセンターでは少ない場合で4回、疾病によってはさらに複数回の照射が行われる。

 同センターでは細かい重粒子線ビームを高速で動かし、三次元的にがん病巣を塗り潰すように照射する最新の「三次元スキャニング照射」を実施。また患者の呼吸に伴う臓器の動きに合わせて照射する「呼吸同期」など、より精密にがん病巣だけに重粒子線を照射する最先端技術が用いられており、費用はいずれも回数に関係なく、「1セット」で総額約350万円(診察・検査・薬代を除く)。他の治療施設でも自己負担分は300万円前後が目安となる。

 治療の対象になるがんは、頭頸部のがん、肺がん、肝臓がん、膵臓がん、前立腺がん、骨軟部腫瘍など多岐にわたる。ただし、広範な転移のあるがんや白血病など血液のがん、粘膜性の臓器である胃がんなどは対象外だ。なお、手術非適応の骨肉腫など骨軟部の悪性腫瘍については2016年4月から公的医療保険が適用されている。

◆世界に先駆け日本が実用化

 粒子線治療はもともと米国の技術だが、重粒子線治療は1994年に日本の放射線医学総合研究所(放医研)が世界に先駆け実用化した。

 そのため重粒子線治療の技術は日本が世界の最先端にあり、世界の10施設中5施設が日本にある。これまでにおよそ1万人の患者が治療を受けた。

 一方、粒子線による治療にはもう一つ、「陽子線治療」がある。近年では、女優の樹木希林や作詞家のなかにし礼がこの治療を受けたことで話題になった。こちらのほうが歴史は古く、日本では1979年に放医研が臨床試験を開始。現在、国内12施設で年間3000人が治療を受けている。

 重粒子線治療との違いは、がん細胞にぶつける粒子に炭素イオンではなく、水素イオンを利用することで、基本的な仕組みは同じだ。

 ただし、水素イオンは粒子が軽いため、破壊力は通常の放射線より1~2割高い程度とされる。威力が弱いため、骨軟部の悪性腫瘍には適用されず、1回の治療でも重粒子線より照射回数が多くなる。陽子線治療は重粒子線治療より若干安価だが、それでも300万円近い費用が掛かる。

 庶民にとっては大きな負担だが、確実な効果を発揮している治療法だ。

●しみず・みちゆき/1966年愛知県生まれ。大阪大学工学部造船学科卒業。1991年よりフリーランス。著書に『「脱・石油社会」日本は逆襲する』(光文社)がある。

※SAPIO2017年8月号

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