うんこにこだわる学者「人間を知りたければ、うんこを探れ」

うんこにこだわる学者「人間を知りたければ、うんこを探れ」

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

 子どもだけでなく大人にも大人気の「うんこ漢字ドリル」。うんこの話をすると、お母さんはくだらないと言うかもしれない。しかし、うんこは人間を知るためにはとても重要なものだと教えてくれた恩師とその教えについての思い出を、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が語る。

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 小学生の「うんこ漢字ドリル」(文響社)が話題を呼んでいる。小学1~6年で学習する漢字を、「うんこ」とからめて、笑いながら学ぼうというもの。すでに220万部を突破した。

 たとえば、「歩」という字は、「“止”まって、“少”しうんこをして、また歩くとおぼえるのじゃ!」ひげに眼鏡のうんこ先生が、アドバイスしてくれる。

 小学4年生用にはこんなものもある。「世界平和のためには、博愛の心とうんこが大切だ」「博」の字を覚えるのが狙いだが、なかなかシュールな例文だ。小学3年生用では「すもうのたい戦相手がまわしにうんこを付けている」という例文。汚いなあ。でも、子どもはこういうのが好きなんだろう。うんこは楽しい。

 子どもほど堂々と笑いにはしないが、うんこにこだわる大人も多い。恩師、故・三木成夫先生もその一人である。ぼくは大学で三木先生から「発生学」を学んだ。『胎児の世界 人類の生命記憶』(三木成夫著、中公新書)は名著である。

 三木先生は、「ヒトはそれぞれの体のなかに、生命記憶をもっている」と語っていた。

 胎児は、子宮のなかで生命進化の歴史をたどりながら生まれてくる。受精から出産までの十月十日の間、胎児は細胞から原始魚類に変化し、やがて陸へと上がって哺乳類のヒトへ、そんな生命進化の時間を一気に駆け抜けていく。ほの暗い羊水のなかで、人知れず胎児は進化の記憶を体現しているのである。そんなことを熱く語る三木先生は、とてもロマンチストだった。

 最近、読んだ『人体 5億年の記憶-解剖学者・三木成夫の世界-』(海鳴社、布施英利著)には、うんこの話をする三木先生のエピソードが書かれている。

 友だちがアパートを建て、その名前をつけてほしいと言われた。三木先生が考えたのは、「みちのく荘」。オーナーが東北出身だったからだ。そして、その看板を「雲刻斎」という書家に書いてもらった。

「みちのくそう うんこくさい」

 それを黒板に書いて、うれしそうに読みあげては、教室をなごませたという。著者の布施さんは東京芸大で、三木先生から解剖学を学んでいる。ぼくが医学生だった時代より、ずっと後の三木先生だが、とてもなつかしく感じた。

 ヒトの特徴の一つは巨大な「脳」であるが、巨大な脳を持つまでには、生物としての長い長い歴史があった。内臓にこだわった三木先生は、そのことを忘れてはならない、と警告していたように思う。

 昔から「腹をわって話す」「腹が据わる」などという。「腑に落ちる」という言葉は、直観的に理解したり、心底、納得できるときに使う。このときはたらくのは、「脳」ではなく、やはり「腑」だ。腑とは内臓のこと。江戸時代、解剖のことを「腑分け」と言った。

 三木先生は、腸には、「心」があると言っている。でも、これは決して突飛な発想ではない。過剰なストレスで過敏性大腸炎になることもある。うつを防いでくれる幸せホルモン・セロトニンは腸に98%存在している。腸は、心の状態を映す臓器なのだ。

「人間を知りたければ、うんこを探れ」と彼は言った。うんこにこだわる学者だった。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『検査なんか嫌いだ』『カマタノコトバ』。

※週刊ポスト2017年7月21・28日号

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