そろそろコロナ感染者を非難する社会から、受け入れる社会へ

そろそろコロナ感染者を非難する社会から、受け入れる社会へ

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

 新型コロナウイルスの世界的流行により、私たちの生活は大きく変わってしまった。政府は「新しい生活様式」をと呼びかけるが、急に馴染めるものではない。諏訪中央病院名誉院長で長野県茅野市在住の鎌田實医師が、先の見えない恐怖と不安を乗り越えるために、「想像力」「冷静な理性」「怒りをコントロール」「新しい価値観」を提案する。

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 ぼくの住んでいる茅野市では、新型コロナの陽性者が今まで一人も出ていないようだ。しかし、警戒心は高いようで、県外ナンバーの車がレストランなどに停まっているのを見た人から、市役所に「県外から人が来ないように、注意してほしい」というような電話がかかってくるという。

 茅野市は別荘地があり、県外からの別荘族も多い。地方へのコロナ疎開を拒む自治体もあるが、今井敦茅野市長は、地元の住民と同様、別荘族も大事な住民と考えている。別荘族も地元住民と同じようにルールを守ってもらい、同じ市民が分断しないように呼びかけてもらいたいと言われた。ぼくはその通りだと思い、ケーブルテレビで、市民に向けてそんな話をした。

 全国的にみると、新型コロナウイルスに感染した人やその家族への偏見や差別、誹謗中傷が絶えない。SNSでプライバシーがさらされた人もいる。

 かつて、ポリオウイルスが流行した時代、ある地域では「小児麻痺の子どもがいる家」などと張り紙をされたという。とんでもないことだが、60〜70年近く経った今でも、あまり変わっていないことに驚く。

“自粛警察”なるものも横行している。開いているお店やマスクをしてない人を過度に非難したりしている。罰則規定のない自粛要請だから、せめて自分が私的制裁を加えなければならないとでも思っているのだろうか。でも、実際は、他者を攻撃することで、憂さを晴らしているのにすぎない。

 人をこうした攻撃に向かわせる根底には、感染への恐怖と、暮らしや経済の先の見えない不安があるのだろう。この恐怖と不安を、ぼくたちはどう乗り越えていけばいいのだろうか。

 一つは、「想像力」である。

 諏訪中央病院の総合診療科、玉井道裕医師は「新型コロナウイルス感染をのりこえるための説明書」を書き、市民のリテラシーを高めるために一役買っている。手書きの文字とイラストでとてもわかりやすいと、マスコミで取り上げられた。

 いくつものバージョンが更新されている。そのなかの「働く人々編」の最後に、こんな記述がある。

「このウイルスによって職を失った方、働きたくても働けない方、大勢おられると思います。逆に、感染するかもしれない恐怖があっても、3密がどれだけ危険かを知っていても、明日、生きていくためには、今日、働かないといけない人もたくさんおられるでしょう。

 その結果、勤務先で意図せず感染してしまい、ひどい言葉をあびせられた人もたくさんいると思います。私はそのような人達を絶対に非難しません。その人が経験したつらさは、その人にしか分かりませんが、私はできる限りの想像力を使い、同じ気持ちになって、解決策を考えていきたいと思います」

 まったくその通りだと思う。多くの人が家のなかで自粛できるのは、生活や医療を支えるエッセンシャルワーカーが命がけで働いているためである。すべての人が同じように外出を自粛したら、経済はもちろん、社会は成り立たなくなってしまう。

 二つめは、「冷静な理性」をもつこと。

 日本の新型コロナの死亡者は6月中旬の時点で930人に満たない。これに対して2018年のインフルエンザの死亡者は3325人。この年の肺炎の死亡者は9万5000人である。

 アメリカでは新型コロナの死亡者がすでに10万人を超えているので、新型コロナウイルスが怖くないとは言わないが、ワクチンが実用化するまで、医療崩壊を起こさないように、行動で感染拡大を抑制することはできると思う。

 今は感染者ゼロを目指しているわけではない。むしろ、感染者ゼロを目指してしまうと、命は守れるかもしれないが、心や経済が壊れてしまう。心や経済が壊れてしまえば、第2波が来たとき、もう二度と自粛要請にはこたえられないのではないか。それはとんでもない悲劇を生む可能性がある。長期戦を生き抜くには、命、心、経済の3つをバランスよく守っていくことが重要だと思う。

 みんながウイルス恐怖症にかかり過剰反応を起こさないために、冷静な理性を保ちたいと思う。

 三つ目は、「怒りをコントロール」する。アンガーマネージメントについては、以前この連載で書いた。怒りのピークは6秒と言われている。SNSで反応する前に、6秒待ってみよう。6秒待っても怒りが収まらない場合は、コーヒーでもお茶でもいい、いっぷくする。それでもだめなら一晩寝る。たいていの怒りは朝起きたときには消え、多角的に物事を考える余裕が出てくる。ギスギスした社会の空気を生み出さないためにも、この3段階のアンガーマネージメントをしてほしい。

 四つ目は、「新しい価値観」を持つこと。

 ぼくの内科外来に、中小企業の社長をしている男性がやってきた。新型コロナの影響で経営がにっちもさっちもいかなくなった。社員の首を切りたくはないし、自分の首を吊るしかない。不安とイライラで眠れないという。

 ぼくは、「政府が新しい日常なんて言っているけれど、新しい人間になることを考えてみたらどうか」と提案してみた。

 新型コロナの後、経済は悪化し、生きづらい世の中になっていく。でも、考え方を変えてみたら、コロナ後の混沌は、戦後の闇市みたいなもの。変化していく社会をおもしろがれるかどうかだと思う。

 もちろん、安定を求めて生きるのもいい。先が見えないときだから、社会の役に立つ人間を目指してもいい。今まで安定を求めて生きてきたなら、今度はチャレンジする人間になってみるチャンスかもしれない。どんな人間になるかは自分次第。

 そんな話をしているうちに、男性は笑顔になって、「何でもありなんですね、ちょっと心が楽になりました」と言って、外来を出ていった。

 コロナ後の社会は、合理的で生産効率の高い都市的生活様式を絶対視する価値観から、転換が求められていくように思う。世界一貧しい大統領として知られるウルグアイのホセ・ムヒカ氏は最近、こんなことを述べている。

「人類は過去の世界的危機のたびに新しいものを生み出した。コロナ禍後の新たな世界で、新たな視点から、都市開発重視からの転換など新たな価値観を発見する若者が出てくるのを期待している」

 日本で新型コロナから回復した人は1万5000人を超えた。この人たちは抗体を持っている。抗体をもつ人が増えることは、ぼくたちの社会がこのウイルスに強くなることを意味している。そろそろ感染者を非難する社会から、感染者を受け入れる社会になること、それが本当の意味で、新型コロナをのりこえることだ。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。

※週刊ポスト2020年7月10・17日号

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