ウクライナ侵攻で注目を集める「ロシアにおける『指輪物語』への奇妙な執着」

ウクライナ侵攻で注目を集める「ロシアにおける『指輪物語』への奇妙な執着」

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今年2月より始まり、現在も不穏な状況が続いているロシアのウクライナ侵攻。先日はロシア政府が予備役の動員令を出したことからロシア国内を脱出する人々が増え、ウクライナで親ロシア派による住民投票が行われるなど、依然不穏な状況が続いている。

 さて、ウクライナ侵攻が始まって以来、両国で引き合いに出される創作物がある。それがJ.R.R.トールキンによる名作『指輪物語』だ。2001年には三部作の映画化が実現し、今年の9月1日にドラマシリーズ『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』がPrime Videoで全世界で配信開始され話題になっている。

 そんな指輪物語が、ウクライナ軍事侵攻が起きてから後は両国で何度もなぞらえられることがあったという。攻撃側はしばしば作中に登場する「オーク」に形容され、ウクライナのゼレンスキー大統領も「ウクライナは西とロシアの間の橋でも枕でもなく、ヨーロッパとアジアの間の緩衝材でもない…オークとエルフの間の国境だ」と指輪物語の世界観を引き合いに出す発言をしている。

 実は昔から指輪物語のシリーズは旧ソ連時代からロシアにかなりの影響をもたらしていたという。『指輪物語』は、1930年代後半に『ホビットの冒険』が出版されて以来脈々と書き続けられてきた。初版が1954年から1955年にかけて出版された後、多くの国で読まれるようになり日本語版も1972年から1975年にかけて出版されている。だが、ロシアではソビエト連邦崩壊後の1992年になるまで正規の翻訳版が出版されなかった。それ以前はソ連公認の奇妙な翻訳がされたものが出ており、作中で登場するファンタジー要素が科学的な説明へとすり替えられていたのだという。

 例えばソ連の翻訳家ジナイーダ・ボビールが1966年に発表した翻訳版では「5人の科学者が指輪を発見し、それが古代のデータ記憶装置であることが判明する」という内容になっていたが、出版社を見つけられず世には出なかったようだ。

 1982年の第2版では、第一部の「指輪の仲間」が「ウォッチメン」と改題されて出版された。ロシア国内では好評だったが、1983年に当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンが演説でソ連を「悪の帝国」と呼んだことで、第二部と第三部の出版が頓挫。ソ連指導部は、指輪物語に対して「ソ連に対するベールに包まれた攻撃」であるという考えを表明したのである。翻訳者のアレクサンドル・グルツベルグ氏は、「私の頭の中には、反ソ連的な考えはなかった。トールキンの文章には、いろいろな暗示があるだけだ」と指輪物語の内容について語っている。

 その次に登場したのが、1991年にテレビ放映された『指輪物語』の素人映画『Khraniteli』だ。ある視聴者は「神々しく壮大であると同時に、不条理で怪物的だ」と評している。

 1999年にロシア版の指輪物語の続編とも言える「The Last Ringbearer」を執筆したロシアの作家、キリル・イェスコフ氏は「ロード・オブ・ザ・リングは勝者の歴史学である」と述べる。彼の書いた非公式の続編では善人とされた側が負けるものの、最後で彼らが最初から正しかったことが明らかになるという筋書きになっている。内容も指輪物語の世界やキャラクターを用いて「骨太の攻撃的な西側諸国」を露骨に描いているため、あまり良い評価は得られていない。

 しかし、この作品が良いか悪いかは別として、この本の防衛的で反西洋的なトーンは、イエスコフ氏がプーチン大統領と同世代であることも踏まえると、多くのロシア人の考えを示す良いバロメーターとなるのではないかと考える人もいる。

山口敏太郎
作家、ライター。著書に「日本怪忌行」「モンスター・幻獣大百科」、テレビ出演「怪談グランプリ」「ビートたけしの超常現象Xファイル」「緊急検証シリーズ」など。
YouTubeにてオカルト番組「アトラスラジオ」放送中

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