【不朽の名作】旗本120人vs浪人4人! 最後の斬り合いは大迫力の「浪人街」

【不朽の名作】旗本120人vs浪人4人! 最後の斬り合いは大迫力の「浪人街」

(提供:リアルライブ)

 なんか最近映画にチャンバラが不足していないだろうか? という訳で今回は1990年公開の『浪人街』を紹介する。

 同作は、1928年に公開され、人気を博した無声映画『浪人街 第一話 美しき獲物』のリメイク作品となっている。同作の宣伝映像でも、触れられているが、ラスト17分の旗本120人vs浪人4人の対決が最大の見どころで、言い方を悪く表現すると、ひたすらそのシーンまで“耐える”作品となっている。なぜなら、主要キャラである4人の浪人全員がどうしよもなくクズだったり、面倒な男だったりで、しかも、コレといった説明もなしに、観賞する側もこの浪人どもに振り回されるからだ。

 作中に登場する浪人は、女癖の悪い流れ者・荒牧源内(原田芳雄)、町の用心棒兼夜鷹(江戸時代の最低ランクの街娼)の学問指導をする赤牛弥五右衛門(勝新太郎)、上司の罪をかぶり浪人に身を落としつつも、いつか帰参がかなうと信じている元旗本・土居孫左衛門(田中邦衛)、試し切りを生業とし、裕福ではあるが、不満を感じている母衣権兵衛(石橋蓮司)の4人だ。掃き溜めのような街に住み、日々飲んだくれる4人の前に夜鷹の斬殺事件が発生し、物語は動き出す。そのはずなのだが、同作では、かなり浪人の腰が重い。

 勧善懲悪になりきれていないのが、この作品の魅力でもあり、やきもきさせられる部分でもある。通常ならば、夜鷹が1人でも斬殺されたら動きそうなものだが、この作品ではまだ動かない。どうやら原因が、乱暴狼藉を楽しむ旗本・小幡七郎右衛門(中尾彬)にあると知りつつも、岡っ引き経験があると思われる、赤牛たち浪人が世話になっている飲み屋の主人・太兵衛(水島道太郎)が地元同心と七郎右衛門の罠にはまり謀殺されるまで、動きらしい動きを一切見せない。

 しかもその後、真っ先に怒りに震え動くのは、太兵衛が親代わりで、源内の女でもあるお新(樋口可南子)と孫左衛門の妹であるおぶん(杉田かおる)という状況。結局、お新が見せしめに牛裂きの刑になりそうなところにようやく駆けつけるといった展開になる。それまで、あくまで見た目上ではあるのだが、勝手気ままな行動をとっている浪人達のダメ人間ぶりをこれでもかと見させられるのだ。赤牛に至っては、問題を収めるフリをして、七郎右衛門に取り入って、仕官してしまうという薄情ぶりだ。

 確かに、約100分ほど待たされての最後の斬り合いシーンは圧巻の一言だ。特に、権兵衛の居合抜きと、散々「他人だ」と言い続けていたお新の名前を叫びながら、構えも滅茶苦茶に斬りまくる源内の姿は格好いい。しかし、どうしても途中でダレるのがこの作品の特徴だ。いくらなんでも前置きが長すぎる気がする。

 一応終盤近くまで煮え切らない浪人たちの対応にも説明はある。セリフでの説明ではなく、主にシーン演出などにより。元々源内と権兵衛には武士であることの執着がそれほどない。源内は天文学の勉強をしている描写が所々にあり、学者志望なのがわかる。権兵衛も試し切りのシーンなどで、直接的なセリフはないが、戸惑うような行動をしていたり、お新を自身の観音様だと話し、2両もの大金を払って抱こうとするシーンで、現在の境遇に嫌気がさしていることを暗に表現している。逆に孫左衛門と赤牛は武士の身分に執着している。孫左衛門には妹に自身の境遇について文句を言うシーンなどがあるからわかりやすい。赤牛も、時々自殺の真似事をする場面などがあるので、周囲にはお気楽に振舞っているが、自身の境遇に死にたくなるほど不満を持っている。この積み重ねが、七郎右衛門に仕官する動きにつながる訳だ。

 実はこの4人は自由にやっているように見えつつも、天下泰平の世で、完全に官僚社会と化した武家社会に無意識に依存し、抜け出せないでいる。そんな連中が、ラスト付近で武家社会を否定し、最後に己の美学や、守るべきもののために、本気を出すというのが、この作品の肝となっている。しかし、このあたりの時代設定にも直接的な説明が一切ない。冒頭の果し合いシーンで両者がへっぴり腰で斬りあっている姿や、太兵衛の店の暦(カレンダー)の年号が「天保」と表記されている点、「今時無礼討ちなんか流行らねえよ」と言う町人のセリフなどに時代背景が盛り込まれているが、注意して観ないと見逃してしまう。

 ちなみに、この時代背景は、後の斬り合いシーンで、浪人たちが多勢を相手に圧倒できる理由付けにもなっている。誰も真剣勝負なんてした経験のない時代なのだから、上司に言われて嫌々出てきた旗本より、試し切りを任されるほど剣術の技術がある権兵衛や、多少腕に覚えがあり、覚悟を決めた源内や孫左衛門の方が強いといった具合に。赤牛に関しては、斬り合いをしないので、除くが。

 4人の浪人は、結局、女達が理不尽な暴力に怒り、無謀とも思える行動に出たことにより影響され動くのだが、個々の浪人たちの積み重ねを意識していないと、全く訳がわからないまま、ただただ女達に言われるがまま、流されているようにも見える。特に赤牛の考えがすごくわかりづらい。赤牛は、仕官したものの最後の最後に浪人側として立ち、とある方法で、七郎右衛門を討つのだが、流し見していると、ただの性格破綻者の行動にしか見えない。このあたりは勝新が演じてきた他の役の影響もあるのだろう、いつか痛快な事をしてくれると信じていると、見せ場は意外とあっさり終わってしまう。

 細かな説明がないという点では、かなり不親切な作品ではある。ラストの斬り合いは文句なしで大興奮のシーンだが、それまでの長い前フリには賛否両論あるだろう。とはいっても、一々説明台詞を挟んで面白くなるかどうかはわからないが。娯楽時代劇とは違う、格好悪い浪人達が、最後に本気を出す様を観たい人にはオススメだ。

(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)

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