はまじは実在した! FC東京・長谷川健太監督、自らも登場する『ちびまる子ちゃん』語る

はまじは実在した! FC東京・長谷川健太監督、自らも登場する『ちびまる子ちゃん』語る

はまじは実在した! FC東京・長谷川健太監督、自らも登場する『ちびまる子ちゃん』語る

中央がケンタ。(画像はちびまる子ちゃん公式ツイッターのスクリーンショット)

Jリーグ・FC東京の長谷川健太監督が29日、自身がモデルとなったマンガ『ちびまる子ちゃん』の登場キャラクター・ケンタについてコメントした。スポニチが29日付で伝えている。

原作者のさくらももこ氏は、15日に乳がんのため53歳で死去した。

長谷川健太監督をモデルとした『ケンタくん』が登場する『ちびまる子ちゃん』の原作者である、さくらももこさんが逝去されました。
心よりご冥福をお祈りいたします。

長谷川監督
「突然の訃報に驚いています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。」 https://t.co/LKIBP8exYp

— FC東京【公式】?9/2(H)鳥栖戦 (@fctokyoofficial) August 27, 2018

■「本人から電話がかかってきた」

『ちびまる子ちゃん』が少女マンガ雑誌『りぼん』(集英社)で連載開始されたのは1986年。長谷川監督によると、80年代の終わりごろに当時所属していた日産自動車サッカー部(現・横浜F・マリノス)の寮にさくら氏本人から電話があったという。

主人公・まる子のクラスメイトとして長谷川監督(当時選手)をモデルとした少年・ケンタを登場させたい、との打診があり、監督は「俺で良ければ」と快諾。監督は実際にさくら氏と同級生だった縁がある。

コミックスには、「ケンタは清水エスパルスの長谷川健太選手」であることが明記されている。当時、監督は作品の存在を知らなかったというが、その後アニメ化もされ、国民なら誰もが知る大ヒット作品となっていったのはご存じの通りだ。

マンガの舞台は、2人が育った清水市。「みつや(駄菓子店)は実際にあったし、たまちゃんも、はまじも実在した」と懐かしむ長谷川監督。自身がアニメのキャラとして登場することについては「不思議な感じですね」と述べている。

■ともに無名だった時代

当時はまだJリーグも存在せず、『ちびまる子ちゃん』も大ヒット前。さくら氏・長谷川監督ともに無名だった時代だ。記事を読んだファンからは、以下のような声が上がっている。

・さくら先生も長谷川氏の居場所をよくつかめたよな。当時サッカーは今ほど人気がなかったにもかかわらず。

・長谷川健太監督がちびまる子ちゃんに出てたのは知ってたけど、当時サッカー観てないし、選手だったことすら分からんかった。

・80年代はまだJリーグがなかった。エスパルス入団後の活躍を見て、ってことじゃないわけだ。

つまり、さくら氏には「たまたま同級生が有名人になったから、マンガで利用してやろう」という浅はかな心づもりはなかったということだ。むしろマンガに描くことで応援したい気持ちが強かったのかもしれない。

長谷川監督にしても、何者とも知れぬ無名のマンガ家からの依頼をむげに断ったりしなかった。2人の人格者ぶりまでもが伝わってくるエピソードであると言えよう。

■奇跡的な偶然

同じ小学校の同学年に将来のプロマンガ家とプロサッカー選手がいた、というのも比較的珍しいケースと言えるが、この2人の場合はそれ以上だ。国民的人気アニメの原作者と、Jリーグを代表する名監督。

ここまでハイレベルな功績を世に残す者同士が同級生だという事実は、もはや「奇跡」と呼んでもいいくらいの「偶然」と言えるだろう。

さくら氏の生前には雑誌での対談も実現している。その際、長谷川監督は「さくらさんのことは全く覚えていない」と正直に告白し、さくら氏も「長谷川くんとは同じクラスになったこともないし、無理もない」と理解を示している。

サッカーで全国的に活躍していた少年と、教室でマンガばかり描いていた少女。互いの印象に差が出るのも、仕方がないことなのかもしれない。

■サッカー大好き少年ケンタ

長谷川監督は静岡県出身の52歳。小学生時代から全日本少年サッカー大会で優勝を経験するなど、日本の「サッカーどころ」として知られる清水市で高いレベルのサッカーに親しんで育った。

1988年に日産へ加入したのち、1991年には地元に新設された清水エスパルスへ入団。1993年のJリーグ発足以後は、1999年の現役引退まで清水一筋でプレー、中心選手として活躍した。

日本代表としても国際Aマッチ27試合に出場。1993年のFIFAワールドカップ・アメリカ大会のアジア最終予選で、初の本戦出場を目前に試合終了直前で同点ゴールを浴びて予選敗退するという、いわゆる「ドーハの悲劇」を体験している選手でもある。

引退後は指導者に転身。筑波大学、清水、ガンバ大阪で監督を務め、G大阪ではチームをリーグ優勝にも導いた。今季よりFC東京の監督に就任し、第24節終了時点でJ1リーグ3位の好成績を維持している。

(文/しらべぇ編集部・ナカニシキュウ)

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