綾小路翔、父の死去を報告 「行ってらっしゃいピリオドの向こうへ」

綾小路翔、父の死去を報告 「行ってらっしゃいピリオドの向こうへ」

綾小路翔、父の死去を報告 「行ってらっしゃいピリオドの向こうへ」

ロックバンド「氣志團」の綾小路翔が、自身のSNSで父の死去を報告した。

■「昭和最後のマイトガイが令和を目前に」

9日に更新したインスタグラムに「【ご報告】かねてより入院中だった父が、平成31年4月3日午前4時20分、この世を去りました」「享年67歳、昭和最後のマイトガイが、令和を目前にピリオドの向こうへ」と、父・豪毅さんの死去を報告した綾小路翔。

現在、氣志團は3月14日の埼玉県川口総合文化センターを皮切りに、25都市26公演の全国ホールGIGツアー『暴走元年〜今日から俺たちは!!〜』真っ只中。

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明日は厚木。このトミーは厚着。可愛いね。 #氣志團 #Kishidan #西園寺瞳 #トミー #星グランマニエ #ランマ #白鳥松竹梅 #マツ #綾小路翔 #セロニアス #早乙女光 #カール #全國ホールGIGツアー #氣志團現象X #暴走元年 #今日から俺たちは!! #7本目 #厚木市文化会館大ホール #完売御礼 #先日の焼津GIG超えます

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「泣いている暇もなければ落ち込んでいる場合でもなく、この佳境の中、一家の長男として、人生で初めて経験する『葬儀』という、一大イベントの準備に追われ」と怒涛の一週間であったことを振り返った。

■「やったね、優勝おめでとう」

明るくひょうきん者であったとしながらも、子供たちにとっては、礼儀作法や言葉遣い、箸の使い方まで厳格な父親であったと回顧。

「昭和の親父像そのまんまの人物」とあらわし、「最高の仲間、最高の妻、最高の人生。お父さん、これ優勝でしょう。やったね、優勝おめでとう」と父へ語りかけるように、思いを馳せた。

また半年間、自宅のある木更津と東京の病院を往復していた母に「彼の専属マネージャーであり、ゴールデンコンビの相棒、我らが母に敬意を評します」と感謝の気持ちを綴っている。

■多くの供花に「父ちゃん良かったね」

インスタグラムには、数多く届いた供花や「ノベルティグッズ」として、若かりし頃の父の写真で作られたバッヂ19種など、10枚の写真を公開。

ハッシュタグには、総勢500名を超える人達が参列したことにお礼を述べ、「この豪華で供花でのお花見」「父ちゃん良かったね」「行ってらっしゃいピリオドの向こうへ」と綾小路らしくユーモアを織り交ぜた言葉で締めた。

■「湿っぽい感じはゼロ」

また綾小路は自身のツイッターも更新し、9日に東京(マイナビBLITZ赤坂)で開催される『氣志團團員生誕記念GIGシリーズ「一日團長」第四弾 〜白鳥松竹梅〜編』にも触れた。

「あー、でもこれ、父ちゃんに観せたかった内容!そこだけ悔しい!みんなは見逃すなよ!」と記しながらも、「湿っぽい感じはゼロ。もうすっかり切り替わっているので、安心して来てね」とファンへメッセージを送っている。

父とばっちりお別れもしてきたし、何たって明日は松のバースデーGIG。湿っぽい感じはゼロ。もうすっかり切り替わっているので、安心して来てね。つーか、マジで白鳥團長、ハンパないんで。期待しかしないで!あー、でもこれ、父ちゃんに観せたかった内容!そこだけ悔しい!みんなは見逃すなよ!

— 綾小路 翔 (@ShowAyanocozey) April 8, 2019

6月まで続く全国ツアー、7月は秋田県で『OGA NAMAHAGE ROCK FESTIVAL vol.1』、9月には千葉県袖ケ浦で毎年恒例フェス『氣志團万博』が開催される。

フェスで暴走し、氣志團に酔いしれることこそが、綾小路翔や父・豪毅さんが望む供養ではないだろうか。

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【ご報告】かねてより入院中だった父が、平成31年4月3日午前4時20分、この世を去りました。 享年67歳、昭和最後のマイトガイが、令和を目前にピリオドの向こうへ。 「我が家の“ど”センター」 「綾小路家の絶対王者」 「ミスター綾小路」 彼の突然の旅立ちは、僕ら家族に少なからず衝撃と動揺を与えました。 とはいえ、現在氣志團は全国ツアー真っ只中。個人的な仕事も目白押しのこの時期。泣いている暇もなければ落ち込んでいる場合でもなく、この佳境の中、一家の長男として、人生で初めて経験する「葬儀」という、一大イベントの準備に追われ、大わらわの一週間となりました。 父は元々サッカー選手でした。 高校時代は全国準優勝、卒業後は社会人リーグでプレイしていましたが、心臓病で若くして引退。その後は少年サッカーの指導者や、シニアの千葉県代表の選手として、決して華やかではないけれど、人生の殆どを愛するサッカーに費やしました。 兎にも角にも、サッカーとお酒と仲間、そして家族団欒が大好きな、明るいひょうきん者でした。 外面的には。 しかし僕ら兄弟にとっては、それとはまた違う印象を持っていました。家庭の中では極めて厳格な父で、礼儀作法、言葉遣い、整理整頓、勉強、歩き方、箸の使い方までとにかく厳しく、細かく、毎日のように怒られたものでした。 小学校6年生までは何があっても夜8時半就寝が義務付けられ、なんとか早く宿題と食事を終わらせてアニメを見ようとしても、チャンネル権は父のもの。その為、学校では殆どテレビの話で盛り上がることは出来ませんでした。今時では最早見当たらないであろう、昭和の親父像そのまんまの人物。 そんなこともあり、唯一父の目を逃れられる場所が布団の中。しかし、そこでこっそり聴いていた深夜ラジオが、今現在の僕の仕事である音楽との出会いの場所となりました。 そして、これなら親父のサッカーに勝てるかもしれない、と鼻息荒くギターを手にしたのでした。 思い返せば僕にとって父はいつだって仮想敵で。 そう考えると、彼は僕の人生最大のライバルだったのかも知れません。 で、結局、勝ち逃げされました。 元々そういうとこあるんですよ。元来は竹を割ったような性格なのに、サッカーになったら泥臭くて。ものすごく上手いプレイヤーに対しては、セコい技とか卑怯なことをしてでもボールを取りに行くあの感じです。 病気に対してもそうでした。これまでお医者様に何度ダメだと言われても、不屈のスピリットで復活して来た。最後の最後もそうでした。戦後の東北生まれのメンタルと、サッカーで鍛えられたフィジカルは我々の予想を遥かに上回る強靭さで、「ご覚悟なさって下さい」と先生からの宣告を頂いてからも、更なる驚異的な粘り強さを見せ、5日間も生き続けた。「タフすぎんだろ!ディノコッカス・ラディオデュランスか!」と、ツッコミを入れてしまったほどですから。私。つーか、このままイケんじゃね?復活ありえるんじゃね?と思うぐらいに全然死なないんだもん。 とにかく父はどんなに勝てない相手に対しても決して諦めない人でした。そこだけはカッコ良かったなあ。でも、もしかしたら僕ら子供たちに対してもそうだったのかなと。“こいつら徐々に追いついてきやがった…めんどくせー。酒も最近勝てそうにないし、ここらでスカッと勝ち逃げしとくかな?”的な。ただの負けず嫌いなんですよ、ホント。 でも勝負は勝負。 悔しいけど参りました。 今世はあなたの勝ちで。 来世があるならわかんないけれど。 父がこの人生という大勝負に勝てたのは、偏に親族の皆様、ご友人の皆様という最強のチームメイト達のおかげでした。父の67年間のフルタイム、一緒にプレイしてくれて本当にありがとうございました。 そしてもうひとり、彼の専属マネージャーであり、ゴールデンコンビの相棒、我らが母に敬意を評します。試合終了まで一緒に戦ってくれて、傍にいてくれて本当にありがとう。半年間、毎日木更津と東京の病院を往復し続けたお母さん。お疲れ様でした。 最高の仲間、最高の妻、最高の人生。 お父さん、これ優勝でしょう。 やったね、優勝おめでとう。 最後にあなたの口癖を借りて、お別れの言葉にしたいと思います。 『乾杯とセックスは何回してもいい。 すればするほど仲良くなる。 …おだづな、このッ!!』 お世話になった皆様、この場を借りて厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。 …長っ! #綾小路豪毅 #親族 #父母弟妹のご友人の皆様 #僕の全国の仲間達 #総勢500名を超える方々にご参列頂きました #ご参列下さった皆様 #ご供花頂戴した皆様 #ご弔電頂戴した皆様 #生前父と仲良くしてくれた皆様 #本当にありがとうございました #房総中のお花が斎場に集結 #日本武道館かよ #今年はこの豪華な供花でのお花見 #父ちゃん良かったね #本当はみんなと飲みたかったね #ノベルティグッズは豪毅バッヂ全19種 #出棺時 #父が一番好きだった曲 #前川清 御大 #逢わずに愛して #を流す予定でしたが #かつてのチームメイト達による #遠野高校サッカー部の歌 #が響き渡りました #雄々しくてカッコよかった #行ってらっしゃいピリオドの向こうへ #またね

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(文/しらべぇ編集部・長谷川 瞳)

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