台風19号で八ッ場ダムに称賛の嵐 「治水事業に無駄などない」との声も

【台風19号】八ッ場ダムに称賛の嵐 「民主党政権のままなら下流は大洪水か」との声も

記事まとめ

  • 10月1日に貯水試験を始めたばかりの八ッ場ダムに、台風19号により称賛の声が上がった
  • 当時、前原誠司国交相は八ッ場ダム建設中止を明言も、2011年にはダム建設継続が決定
  • 今回の台風で八ッ場ダムがなければ群馬県が終わっていたとの声もあり、称賛の嵐

台風19号で八ッ場ダムに称賛の嵐 「治水事業に無駄などない」との声も

台風19号で八ッ場ダムに称賛の嵐 「治水事業に無駄などない」との声も

台風19号で八ッ場ダムに称賛の嵐 「治水事業に無駄などない」との声も

(画像引用:国土交通省 八ッ場ダム工事事務所)

台風19号による河川の氾濫が相次ぐ中、国が来春の運用開始を目指し、10月1日に貯水試験を始めたばかりの八ッ場(やんば)ダムに称賛の声があがっている。この話題はツイッターでも一時トレンド入りした。


■町を二分

八ッ場ダムは、利根川の氾濫による洪水被害を防ぐとともに、首都圏の人たちの生活用水や工業用水を確保するため、1952年に建設省(現在の国土交通省)が、群馬県長野原町と東吾妻町の町境に計画したダム。

計画が発表された当初、「首都圏の人たちのために故郷が水没する」ことになるため、地元住民はダム建設に強く反対した。その後、賛成派と反対派に分かれ、町を二分するような深刻な問題となり、地元住民は大変つらい思いをすることに。

1980年に群馬県が生活再建案を、1990年には建設省と群馬県が地域居住計画を提示することで、地元住民はダムの建設に向けた話し合いを始めることになった。


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■構想から40年

住民の苦渋の選択の末、1992年に長野原町で、1995年には吾妻町(現東吾妻町)で「八ッ場ダム建設に係る基本協定書」が締結され、ダム建設事業が動き始めたが、このとき既にダム建設構想から、40年以上が経っていた。

2009年9月17日、鳩山内閣の下、前原国土交通大臣は、突然八ッ場ダムの建設中止を明言。これは、地元住民の意見、関係市町村、共同事業者の1都5県の意見を聞くことなく、国が一方的に判断したものだった。

国は、八ッ場ダムの建設中止を発表後、一切の予断を持たずに再検証を実施することを表明し、有識者の意見を十分に聞き、最終的には、その検証結果に沿って国土交通大臣が適切に判断することとした。

■継続決定の知らせ

2011年12月22日、前田国土交通大臣は、国交省政務三役会議において「八ッ場ダムの建設継続」を決定したことを発表。2013年5月15日に「利根川・江戸川河川整備計画」が策定され、「八ッ場ダム」が盛り込まれた。

ダム本体建設工事については、2014年8月20日に国が清水・鉄建・IHI異工種建設工事共同企業体と請負契約を締結。

2016年6月14日からコンクリート打設を開始し、2019年6月12日に打設完了式を開催。また、2019年10月1日には試験湛水(たんすい)が開始された。


■54メートル水位が上昇

国土交通省関東地方整備局の速報によると、13日午前5時現在の水位は標高573.2メートルとなり、満水時の水位(標高583メートル)まで10メートルほどに迫った。台風によるダムの被害は確認されていない。

周辺では11日未明から13日朝までに累計347ミリの雨が降り、山間部から流れ込んだ水でダム湖の水位は約54メートルも上昇した。水没予定地に残された鉄橋も11日時点では見えていたが、完全に水の底に沈んだ。


■八ッ場ダムがなかったら…

八ッ場ダムがなかったら、群馬県が終わっていたという声もあがっている。

「無駄な治水事業など無い」


「民主党政権のままだったら下流は今頃大洪水か」


「これで助かった命はたくさんあるんだろうな。現場の方、大変お疲れ様でした」


旧民主党政権が実施したパフォーマンス仕分けのようなものは、いらないものと言えるのかも知れない。

(文/しらべぇ編集部・おのっち)

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