コロナ失業した男性3人、無人島で1ヶ月暮らしたら…幸せいっぱいの毎日だった

コロナ失業した男性3人、無人島で1ヶ月暮らしたら…幸せいっぱいの毎日だった

じょうまさん

 緊急事態宣言の発令後、皆さんは多くの時間を自宅で過ごされたことと思います。そんな中、自宅ではなく九州の無人島で、1ヶ月間“ステイホーム”したという3人の男性がいました。

 ステイホームしたメンバーの一員、Kenさんが無人島での自粛生活をSNSにアップすると、イギリスや中国、台湾等のメディアにも取り上げられ話題に。3人はなぜ無人島に行き、どのように過ごしたのでしょう。食糧は? 滞在許可は? 気になるあれこれを、取材してみました。

◆コロナ禍で全ての仕事がなくなった

――さっそくですが、なぜ「無人島でステイホーム」を決行することにしたのですか? 経緯について教えて下さい。

Kenさん(以下、Ken)「今回無人島生活をした、僕とリーさんとじょうまさんは、3人とも九州で観光ビジネスをしています。ところが今回のコロナ禍で仕事が一気になくなってしまったんです。さらに、3月には“密”を避けるため、家にこもらなくてはならない状況に。

 仕事もない、やることもない、こんな状態で家にこもるのは健康的にも精神的にも良くない! と3人で話しました。だからといって外出して人に迷惑かけるのもダメだし……ということで、『3人で無人島で自粛しよう!』という流れになったんです」

――すごい流れですね! 緊急事態宣言から無人島でステイホームしようという発想にまず至りません。

Ken「そうですよね(笑)。けれど、僕たちはもともと海やキャンプが大好きで、無人島や何もない島に行って、日常的にキャンプをしていたので、改めて『無人島に行くぞ!!』と意気込む感じではなかったです。普段の生活の延長として、この期間に無人島に行くかという感じでした。ただ、男3人で1ヶ月間無人島で生活するのは初めてでした」

◆食事のたびに「うめー」と大盛りあがり

――1ヶ月もの長い期間、食事や住むところなどはどうされていたんでしょうか。

Ken「まずは私有地でない無人島を探して、撮影許可まわりの確認を行い、その土地で漁業を営む方たちと話を進めながら、上陸する無人島を決めました。

 島にはテントや真水、麻、調味料、などの道具のみを持ち込みました。食材は獲った魚や山菜を食べていました。あとは雌鶏の『てんちゃん』を連れていき、卵を産んでもらいそれも食べましたね。海に潜ってモリで魚を獲るのは3人とも大好きなので、食べるものがないと困ることはありませんでした。むしろ乱獲しないように、食べる分しか獲らないように調整していました」

――無人島生活に慣れてはいるものの、長期間の共同生活ということでトラブルなどはなかったのでしょうか。

Ken「まったくなかったですね〜。3人とも良い意味でお互いに期待していないので、それぞれが自由に生活をしていました。皆アウトドアが大好きなので、何をしていても『楽しい』でしかなかったです。魚もとにかくおいしくて食事のたびに3人で『うめー』と大盛り上がりでした」

◆超健康的な島での生活。筋トレやミストサウナも

――3人の生活は想像するだけで楽しそうですね。どのように一日を過ごしていたのか詳しく教えてください。

Ken「まず、朝は9時くらいに目を覚まします。そこから薪(まき)を集めたり、潮目をみて海に潜ったりします。その他の時間は、拾ってきた流木と石、縄でバーベルを作って筋トレをしたり、ミストサウナを作ったりして楽しく過ごしていました。

 16時頃になると火おこしを始めて食事を作ります。魚のウロコをとったりと何かと時間がかかるので、1時間ほどかけて食事の準備をした後は、2時間くらいかけてゆっくり食事を食べます。20時くらいに食べ終わり、明日は何をするかなど話し合ったりして寝ていました。22時くらいでしょうか。疲れているので朝までぐっすりです(笑)」

――食事は夜にしか食べていないようですが、一日一食だったのでしょうか?

Ken「そうですね。日中はやることが多いのと食事の準備に時間がかかるので、夜にまとめてたくさん食べていました。常においしい魚が食べられたので空腹で困ることもなかったです」

――無人島生活で特においしかったものなどあれば教えてください。

Ken「イシダイが旬だったみたいで、とにかく甘くておいしかったです。あとは魚の種類を問わず内臓の『ユウモンスイ』という部分(※胃と腸の境界部から突き出した袋状の器官)は本当に本当に美味でした。新鮮だからなのか苦味が全くなくて、脂がのっていて濃厚でした。魚の内臓、捨てちゃダメだと思いましたね」

◆蚊帳と音楽があればさらに快適だったかも

――1カ月の無人島生活のなかで、あるとよかったものなどありますか。

Ken「必要なものは最低限持っていったので困ることはなかったですね。強いていうなら、テントを張っても雨と風ですぐ壊れるので、安心して住める家的なものを作ることができず、常に雨や風と闘っていました。洞窟の中ならその心配がないんですが、今度は大量の蚊に襲われるので断念したんです。なので、蚊帳(かや)があればもう少し快適な住まいを得られたかもしれません」

Ken「あとは音楽ですかね。無人島の生活って火をおこしたり魚のウロコをとったりと単純作業が多いので、無音よりも音楽があったほうが作業がはかどるんです。昔の人がみんなで歌いながら農作業をしていたことを思い出して、納得しました。

 ちなみにオススメの持ち物は麻です。葉っぱを見つけて麻で結んで下着にしたり、家もサウナも作れるし、麻は何かと使えます」

◆人や情報が集まる場所にいるのが、必ずしも正解ではないと気づいた

――1ヶ月の無人島生活で、考えなど変わったことはありますか?

Ken「以前から無人島暮らしはしていたので、何かが大きく変わることはありませんでした。ただ、改めて自然のなかで生活し、自分で釣った魚を調理して食べ、美しい景色を見ることは最高だと思いました。星空がとにかく綺麗で夕日も圧倒的に美しかったです。毎日見ていたのですが、毎日感動していました。心の底から大好きなことをしていたので、毎日満ち足りた気持ちでした」

――今までの無人島滞在と違って、「コロナ禍での無人島生活」ということで考えたことはありますか。

「辛い状況のなかで、自分が今まで考えてきたことの方向性がはっきり見えたように思います。僕はもともと生まれも育ちも東京で、何かやるなら人や情報の多いところでという思いが強かったのですが、海や自然があるところで生活したいと思って数年前に九州にやってきて起業したんです。

 それで今回のコロナ禍で仕事がなくなってしまうのですが、無人島に行って生活したことで、お金がなくても楽しくて満ちた生活ができるんだと思いましたし、やりたいことはどこにいても挑戦できるということを改めて感じました。

 無人島という何もないところで、3人でチーム『お魚わっしょい』として撮影したYouTubeが話題になったおかげで、人が少ないどころか誰もいない無人島という場所ですら、何かを発信して、ビジネスにつなげることができる時代なんだと確信しています。多くの人が集まる場所にいるのが必ずしも正解ではないのだと感じています」

 緊急事態宣言が解除され、3人が島から戻って、しばらくが経ちました。各国メディアの取材に連日忙しそうな様子を見せつつ、彼らはすでに新たな挑戦に向け動き始めています。

 取材時に「次は2ヶ月くらいかけて、カヌーで瀬戸内海横断600kmの旅を考えています。大好きな自然の中で、まだまだたくさん挑戦していきたいです」と語ってくれましたが、まさに今週、九州から旅立ったようです。

 もともと知り合いだった3人の男性が、コロナ禍で仕事を失いそのまま無人島でステイホームをするという一見突拍子もない行動ですが、3人が未来を見据えて計画してきたことが、この自粛期間で一つの形になったように思えます。どこにいてもどんな状況にあってもたくましく前向きにそして底抜けに楽しく生きる3人の姿に、勇気をもらう人もいるのではないでしょうか。

<取材・文/瀧戸詠未>

【お魚わっしょい】

おとぼけフリーダイバーじょうま、いじられ交渉人おおさき(Ken)、ミスター三大欲求リーの3人から成る冒険グループ。それぞれの事業がコロナにより全員休業状態になる中、異常なポジティブさを発揮し、緊急事態宣言中に無人島サバイバル生活を実行。次は瀬戸内海カヌー横断。冒険中は投げ銭を募り、コロナで苦しむ人たちへ還元する。YouTubeや、Twitter、Instagramで情報発信中。

【瀧戸詠未】

ライター/編集者。趣味は食べ歩き・飲み歩き。

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